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「という夢を見たんじゃが・・・」

「へぇ〜・・・」

ワシゃあ一体どうしたらええ?という電話の声に対して、返す言葉がなかった。

ほんの2ヶ月前まで、岡村と高校の同級生であり、バスケ部の主将と副主将という役割を果たしていた福井は、心の底からげんなりとして、暫し言葉を噤んだ。
岡村とて、見た夢そのままに語ったわけではない。というか、そのままなんて話せるはずがない。
ただ、後輩の氷室が制服姿で突然アパートを訪れて来て、裸になって迫って来た・・というニュアンスで話をしたはずだったが。

「んで?てめーは氷室のわけわかんねー色香に惑わされて、目が覚めたら股間にでっけー山が立ってた・・ってことかよ?」

互いに何も遠慮することのない間柄である。福井は思ったままを口にする。

「そそそそんなことはないぞ!ないっ、断じてない、大丈夫じゃった」

「あーはいはい、そんじゃアレだ、夢ん中の氷室思い出して抜いたとか」

「なっ・・!!何ちゅうこと言うんじゃお前は!!!そんなこと!!そんなこと・・っ」

したんだな、と思ったが、さすがに岡村が哀れになったので口に出すのは止めた。

「まぁオスのゴリラが人間の男で抜こうが何しようがいいんだけどよ」

「もちっと言いようはないんか・・・」

「日曜の朝っぱらから起こすようなヤツにかける慈悲なんかねーよ。そもそもアパートって何だよ?お前大学の合宿所暮らしじゃねーか」

「それがのう・・・」

「・・・・・」

今、なんだかすごく嫌な予感しかしない。
福井は顔を顰めて、電話の向こうの沈黙に続く声を待つ。

「・・・何でか知らんが、福井のアパートじゃった」

「お前・・もう二度とオレんち来んな」

「ひど・・っ」

高校を卒業し、退寮してから、福井は通うことになった大学近くの小さなアパートで一人暮らしを始めた。大学入学までの間に、岡村は一度遊びに来ている。間取りがわかっても不思議はないが、人の城使ってキモい夢見てんじゃねーよ、と電話の向こうに聞こえるか聞こえないかの呟きを洩らした。

「のう福井・・ワシゃあ次どんな顔して氷室に会ったらええんじゃ・・」

「氷室は何も知らねーんだからフツーでいいだ・・ろって、おいちょっと、やめろ・・っ」

「・・・?」

福井は「おい」から後の言葉を携帯から離して言ったような気がする。声が遠い。

「誰かおるんか?」

「え?いやべつに・・っ・・てめ・・っ」

「・・・・・・・」

確実に誰かが一緒にいるようだ。
日曜の朝っぱらから。

「何じゃ・・お取込み中じゃったか?」

「あ、いやだからべつに・・・やっ・・・」

・・めろっつってんだろ!!という怒声が携帯の遠く向こうから聞こえる。ずい分とイタズラ好きな彼女らしい。そういえば福井は高校時代フツーに女子にモテていたなぁと思い返し、岡村はひどく情けない表情で息を吐いた。

「すまんかったのう」

「お、おう、とにかくだ、氷室は何も知らねーんだからお前ももう忘れろ、な?」

「ああ、そうじゃな、ほんじゃあまぁ仲良うな、今度ワシにも紹介せえよ」

「え?あー、ああ・・じゃあな」

福井の歯切れの悪い声を最後に携帯での通話は終了した。
岡村に紹介するもなにも・・なぁ、と、福井は横からちょっかいを出し続けていたベッドに寝転がる恋人の後頭部を勢いよく叩いた。

「・・って・・っ!!!」

「ぜってー氷室には言うなよ」

「氷室の反応見たい気もするアル」

「そりゃまぁオレもそうなんだけどよ、でも岡村のヤツ、あれで見かけと違って繊細なんだから。やめてやれ」

「わかったアル〜」

調子の良い声を返しながら、バスケ部の一年後輩であり氷室の同級生でもある劉は、ベッドの上に胡坐をかいている福井を後ろから抱きすくめて引き倒した。お互いに下着一枚姿でベッドに横になって布団を掛ければ、それは福井の携帯が鳴る前とすっかり同じ状態になった。

「もう少し寝るか?」

「いま何時アルか?」

7時過ぎくらいかな?」

7・・っ!?・・モミアゴリラ、非常識アル」

「合宿所だし新入部員だし、今ぐらいしか時間ないんじゃねーの?」

「・・・・・おかげで、目ぇ覚めちまったアル」

岡村の近況を理解したのか劉はそれ以上文句を言わなかったが、体も目覚めたアル、と言って福井を背後から抱きしめながら、肩口に顔を埋めた。肩から首筋に、そして耳の下に、チュッという音を立てて口付ける。

「くすぐってぇよ」

「くすぐったいのキライか?」

「キライだよ」

「ウソ吐きアル・・」

劉は福井の答えに構うことなく、耳朶や項や背中にも唇を落とす。くすぐったさに体を竦めながら、福井はぼんやりと岡村の話を思い出した。

昨夜、玄関のドアを開けたら制服姿の劉が立っていた。もちろん岡村の夢の中の氷室と違って劉は元々ここに泊まる約束をしていたのだが、なんで制服なんだ?と尋ねたら、福井が喜ぶと思って、と言って劉は嬉しそうに笑った。喜んだかどうかは自分でもよくわからないが、その姿を見たときなぜだか胸の奥がキュッと苦しくなって、どうぞとも入れとも言う前に劉の腕を強引に引っ張って、性急に部屋に招き入れたのだ。だから何となく、氷室が制服だった、というのも分かるような気がした。

大学生になった自分と、まだ高校生の劉。少しのいかがわしさと、照れ臭さが混じったような距離だ。その高校生の劉に、昨夜はこの体を散々といい様にされた。思い出すと、体が熱くなる。劉も同じことを考えているのか、体のあちこちに触れ始めた。福井、と名を呼ぶ劉の息が耳に掛かり、福井の肩が大きく跳ねる。してもいいか?という劉の声を拒む気になどなれず、答えの代わりにキスでもしてやろうと体の向きを変えたとき、視界の端に、ハンガーに掛けられた劉の制服が目に映った。

「そうだ、劉」

福井が突然、体を起こした。劉は心の底から不満そうに口を思い切り尖らせる。まぁ聞けって、と言った福井は劉が突き出した唇に軽く口付けて、ベッドから足を下ろした。

「・・・・ナニ」

「プレイしようぜ」

「プレイ?」

福井は部屋の端に備え付けられた半畳にも満たないクローゼットの中から、透明のビニールが掛かった服を取り出した。それは、劉が着て来たのと同じ、陽泉高校の制服だった。実家の親が来た時に持って帰ってもらうつもりがすっかり忘れてしまっていた。

「制服プレイとか・・どうよ。お互いに脱がせながらすんの」

「オオォ!福井はスケベエの天才アルね!!」

「スケベエって・・」

劉は楽しそうに笑っている。確かにスケベの語源は助平とか助兵衛とかだった気もするが、コイツは一体どこでそういう日本語を覚えてくるのだろう。福井は、はしゃぐ劉に苦笑しながら、お前も着替えろよ、と言った。

白いワイシャツに袖を通し、チェック柄のズボンを穿く。高校在学中は毎日身に着けヨレヨレですんなり手足を通していた制服が、今はしっかりとアイロンがけされていて、何だかすごく着心地が悪い。福井はワイシャツの裾をズボンに仕舞う前に、シャツの端を摘まんでパタパタと何度も振った。

「卒業式の日にさ」

「・・ン?」

「女子たちが、私たち明日からこれ着たらコスプレじゃん?とか言ってたんだ」

「・・っ・・」

劉はぷっと吹き出して、じゃあ福井もコスプレイヤーアルね、と言って笑った。ほとんど同時に着替え始めたはずだが、制服が日常の劉はとっくに着替え終わっていて、ベッドに腰掛け福井を待っている。からかったから怒るか小言のひとつも返ってくるかと思ったら、ホントにもうそうなんだよなぁ、と感慨深げに言って福井は小さく笑った。その顔は劉の目に少し寂しそうに映り、それと同時に胸の中にじわじわと湧き上がってくるものがある。赤いネクタイを締め、黒い上着に袖を通してボタンを留めれば、そこには劉の大好きな高校の先輩がいた。


「じゃーーん!!!」


どうだ?と、福井は打って変わった笑顔で両手でピースを作り頬の横に当てた。ほんの2ヶ月前まで当たり前に目にしていた姿なのに、なぜだか懐かしさが込み上げる。まだまだ余裕でいけんだろ?と言うイタズラっぽい口調までが懐かしい。劉は福井から目を逸らし、俯いて首を何度も左右に振った。

「えっ・・、何だよそこは嘘でもイケてるって言うとこだろ?」

「違うアル・・・」

「何が違うんだよ」

「無理・・アル」

「・・んだとてめー、人が恥を忍んでコスプレしてやったっつーのに―――」

「できないアル・・」

「あ?何を?」

SEX・・・」

「・・・は?」

ついさっきまであんなにノリノリだったのに、一体どうしたというのか。福井は頭を捻った。膝に置いた両手の拳を強く握る劉は、何かを堪えているようにも見える。

「・・・どうした?」

福井は劉の前に立ち、そっと頭に手を乗せて、ぽんぽんとやさしく叩いた。この手に、何度も救われた。たった一人で日本に留学してきて、どうしたら良いのかわからないときに、いつでも自分を導いてくれた手だ。劉の拳にさらに力が込められる。

「高校生の福井、ワタシの純情アル」

「・・・なんだよそれ」

そう返したが、劉が何を考えているのか、わかったような気がした。

「だから制服の福井は、ワタシの聖域アル・・・」

「ほんっとお前、いろんな日本語知ってんのな」

福井の顔に笑みが零れる。
福井が笑っているのが伝わって来て、劉も小さく苦笑した。




劉が福井に告白をしたのは、福井が陽泉高校を卒業してから寮を出るまでの間のことだった。

学年がひとつ上の福井が先にいなくなってしまうことはもちろん理解していた。まずは年末に福井が部活を引退して、放課後の接点がなくなった。年が明け、新学期が始まると3年生はほとんど登校することがなくなり、学校で見かけることもなくなった。それでも同じ寮で暮らしていれば会いたいときに会えるわけで、劉は何かと理由を付けては福井の部屋を訪れ、福井もそんな劉を邪険にすることなく招き入れていた。

卒業式の日、部活引退後も時折り練習に顔を出していた福井と岡村が、この日は制服姿でやって来た。一輪の花を胸に挿して。福井は後輩たちに、頑張れよ、と言った。これからアパート探しで忙しいからもう来れないかもしれないと言い、皆に退寮の日を告げた。このときに初めて、劉はこのまま隠し通すつもりでいた福井への想いを告げようと決めた。

福井が制服を着なくなって数日後、劉は福井に告白をした。同性の先輩にそれをすることは勇気が要ったが、気持ち悪がられても、罵られても、どうせ別れがやってくるのだからと勇気を振り絞った。「ずっと好きでした」と普段使うことのない敬語で想いを伝えると、福井はすごく驚いた顔をして、「何で言っちゃうのお前」と言った。やはり迷惑だったのだろうと劉が詫びようとすると、福井はなぜだか泣き出しそうな顔で笑って、「オレ、言わないで墓場まで持っていくつもりだったのに」と言って劉の頭をぽんぽんと撫でた。



だから、制服姿の福井は、高校生の福井は、劉にとって恋焦がれた片想いの相手なのだ。



「着替えるか?」

福井が尋ねると、劉は首を横に振った。

「このまま、もう少し・・・」

劉の小さな声にしょーがねーなと答え、福井は劉の気が済むまで、やさしく頭を撫で続けた。






おしまい




 

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