同じ歩調 2





「………?――――劉?」

「!!!!ぅおわっ!!!!」

突然耳元で声がした上に耳朶にかかった吐息に驚いて、体育座りをしていた劉の尻は床から大きく跳ねた。

「なっ、突然何ごとアルか!!氷室」

咄嗟に尻と足で1メートルほど床を滑って距離を取り、劉は耳元で囁いて来た同級生を眉を顰めて睨み付けた。

「突然じゃないよ。2回呼んだんだけどな?」

床に立膝をついて、氷室は心外だ、という表情を見せてから、それでもやさしげに苦笑する。

「呼んだ?……あ……ワリィ、気付かなかったアル」

「どうしたんだ?最近少し元気がないと思うのは、オレの気のせいかな?」

劉が離れた分だけ距離を詰めて、氷室は劉の隣りに腰を下ろし、劉と同様に体育座りをした。目の前のコート内では部員たちがランニングパスを行っていて、ほぼ規則正しい間隔で、「ピッ」という笛の音が体育館内に響く。

「きっと気のせいアルよ」

「う〜ん、でも、今日の英語の授業でもボーっとして先生に注意されてただろう?劉、英語は得意なのにめずらしいな、って……」

「眠かっただけアル」

劉は小さな欠伸を洩らしてみせたが、それはいかにも今思いついた風に氷室の目に映った。どうしようかなとちらと劉の顔を横目で見上げてから、氷室は前を向き、コートを走る部員たちを見据えた。

「この間のセレクション、良くなかったのかい?」

「いや、通った」

「え!?やったじゃないか、おめでとう!」

「まだ二次があるネ。あ、で、再来週も泊まりで行くから練習試合行けないアル」

「あ、そっか……」

3年生になれば、当然進路を決めなければならない。特にスポーツ推薦で進学を考えている者にとって、希望する、或いは声を掛けてくれた大学が行うセレクションは入学試験にも等しい。劉はつい先日、関東のとある大学バスケ部の一次選考に合格し、2週間後に二次選考を控えていた。

「まぁ、こっちは大丈夫だよ。だからバッチリ決めて来いよ?」

「ワルイな、その分頑張ってくるアルよ」

「オレのときは劉に頼ったんだからお互い様だよ」

「そうアルか?」

「ああ」

そうだよ、と言いながら氷室は劉の肩に手を掛けて立ち上がり、「休憩も大事だけどあと5分な」と悪戯っぽい笑顔で告げて劉に背を向けた。

が、

「氷室!」

という声に、踏み出した足を止め、振り返る。

「何?」

「謝謝、氷室」

照れ臭そうに苦笑しながら発せられた劉の感謝の言葉に、氷室の表情も思わず綻ぶ。一歩後戻りをして劉の背中をポンポンと叩くと、氷室は今度こそ劉の元を離れ、コートに戻って行った。





副主将である自分がこんなことではいけない、というのは自覚している。
元気がないわけではない。
ただ、今夜もまたあの身悶えするような感覚を味わうのかと思うと、いけないことだと分かっていても、体の中心が熱くなる。

一学年後輩の紫原と初めてハグをした日、何に興奮したのか分からないままに勃起して、彼が部屋を出て行った後、マスターベーションによって劉は射精した。
その翌日も紫原はやってきた。やさしいハグの後、ハーフパンツ越しに勃った性器を撫でられて、洩れそうになる声を必死で堪えた。このままでは達してしまう、というところで紫原は突如行為を止め、劉を残して部屋を出て行った。放置された劉はその場にうずくまり、一般男子よりもかなり大きい自分の手よりもさらに大きい紫原の手の感触を思い出し、堪え切れずに自慰を繰り返した。

さらに翌日、紫原はハグをしながら劉の下着の中に手を入れてきて、劉のペニスに直に触れた。そんなことを許している自分が信じられなかったが、他人の手によって扱かれる快感は、自慰では決して得ることのできない感覚だった。この日劉は、生まれて初めて他人の手によって射精した。ただ、そこまで爛れた関係に陥っても、唇への口付けだけは頑なに拒み続けた。

今夜もきっと、彼が来る。203センチの自分よりもさらに大きい身長208センチの大きな大きな後輩。直に触れられて達した今、さらに先があるのだろうか。劉は、コートの中で1年生に指示を出す紫原の姿を目で追った。そういえば、紫原自身が達したところを劉は見たことがない。彼は部屋に戻ってから、バカでかい男であるこの身をどんな風におかずにして抜いているというのだろうか。

ぶるっと体が震えた。と同時に、視線に気付いたらしい紫原と、目が合った。

「チッ」

劉は舌打ちをして、嫌そうに顔を顰めた。紫原はそんな劉の意に介すことなく、ボールを後輩に放ってこちらに近付いてくる。劉の表情はますます歪んだ。

「劉ちんいつまで休憩してんの?もう5分経ったっしょ〜」

腰を折って劉の顔を覗き込むように見下ろしてから、紫原はついさっきの氷室と同様に、劉の隣りにドサッと腰を下ろした。

「5分て何アルか」

「室ちんが言ってた。劉ちんどうかしたの?って聞いたらあと5分で来るよ、って。ねぇ、室ちんと何話してたの?」

「アツシにはどうでもいい話アル」

「どーでもよくねーし」

紫原は不満げに口を尖らせた。先ほどの氷室と劉の遣り取りは、遠目で見ていても相通じている雰囲気が伝わってきた。信頼関係、というのだろうか。氷室が去るときの劉のはにかんだ様な笑顔が脳裏にこびり付いてなかなか離れない。劉と知り合ってからの月日は編入生の氷室よりも自分の方が少しだけ長い。それなのに互いを慕う関係は彼らの方が強く思えて、どう足掻いても縮まることのない年齢の壁が紫原の嫉妬心を呼び起こす。どこから見ても友情でしかない関係に、ひどく嫉妬している。いつの間にか大きくなり過ぎたこの想いは、一体どこに向ければいいのだろう?いっそ今ここで、この同性の先輩を押し倒してしまいたい衝動を紫原はぎゅっと拳を握って堪えた。

「休憩、足んねーアル」

小さなため息を吐いて、面倒くさそうに劉が呟く。

「どっか具合悪いの?」

「…………」

お前がそれを聞くのかと劉は眉間に皺を寄せ、「べつに」と素っ気なく答えて立ち上がったが、ぐいと手首を掴まれた。

「ねぇ劉ちん」

「何ダヨ」

「今日もハグしに行っていい?」

「ハッ……来んなアル」

「そう言っても結局いつも入れてくれるじゃん?」

「…………」

劉は、まだ座ったままの紫原を睨むように見下ろした。

「もう、やめるアルよ」

ぼそりとそうひと言告げると、劉は紫原の手を強引に振り解き、コートに向かって走り出した。






 

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