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「ちょ、ちょっと待ってくれ、劉」 唇にやさしく口付けてきた劉から氷室は思わず顔を背けた。 どんな理由かわからないが、少し動揺しているようだ。 「・・ナンだ?」 初っ端から水を差された劉は眉を顰め、不満げに声を返す。 「え、っと・・ここで?」 「・・・?」 氷室のネクタイに手を掛けたまま、劉は何を言われたのかまるで分かっていない様な、きょとんとした表情で氷室を見下ろした。 「あ、いや、だって部活で汗かいたのにシャワーも浴びてないし・・」 「汗なら拭いたアル」 「そうだけど、でも・・・」 言いよどむ氷室を気にすることなく、劉は慣れた手付きで素早く氷室のネクタイを解き、テーブルの上に放った。第2ボタンまで外れているシャツの襟元を開き、氷室の首筋にキスをひとつ落とすと劉はひと言、しょっぱい・・と言った。 「ほらみろ!劉だって・・イヤだろ?」 「・・・・・」 劉は無言のまま少し首を傾げ、何かを考える風に顔を顰めていたが、やがて思いついたように自分もネクタイを外して放ると、自らの襟を開き、氷室の顔の前で露わになった首筋を指先でちょん、ちょん、と突いた。 「・・え?」 「ン・・・」 オマエも、とキスを乞うような劉の仕草に誘われて、氷室はその首筋にそっと口付けた。味などわからなかったので、ほんの少し舌を出してみる。舌先が直に肌に触れると、劉の肩がビクッと揺れた。その反応に、なぜだか氷室の体もぞくりと震える。しょっぱいかどうかはよくわからなかったが、顔を埋めた首筋とワイシャツは、劉の匂いがする、と思った。それは劉のベッドの中を思い出させる匂いだった。 「イヤ・・か?」 顔を覗き込んでくる劉の問いに、氷室はただ、首を横に振った。 「ここでいい・・」 氷室が劉の肩にコツン、と額を付ける。劉の頬に触れた氷室の黒髪は汗でまだ少し湿っているようだ。劉がそっと髪を撫で下ろし、襟足の髪先を摘まむと、汗の雫がぽたりと氷室の肩口に垂れた。冷たかったのか、氷室はビクッと肩を揺らして顔を上げた。驚いた表情は、何が起こったのかを劉に問うている。 「汗はちゃんと拭けといつも言ってるアル」 ああ、汗か・・と氷室が納得する間もなく、劉はワイシャツの襟を開き、いま汗が垂れたあたりに顔を埋めた。ん、っと氷室は肩を竦めたが、そのままじっと堪えている。劉の唇は氷室の首筋を這い、大きな手が、氷室のシャツのボタンを外し始める。女とだってキス止まりなのに、男の氷室に何をどうしたらいいのかなど知る由もない。ただ欲しいがままに触れるだけだ。耳朶を軽く唇で挟み、しゃぶるように舌で舐めると氷室はますます肩を竦めた。必死で堪える表情が横目に映る。耳の穴に舌を入れると、「あ・・ぁっ」という声が洩れた。その声に、その感触に、互いのペニスが大きく反応を示す。もう、止められないと思った。 すべてボタンを外したシャツを左右に開き、まずは鎖骨を指先でなぞる。劉は左手を氷室の背中に回して体を支え、それからゆっくりと右手の指先を氷室の左の鎖骨から撫で下ろした。 「ぅわっ・・」 劉の手の指先が氷室の乳首を掠めると、氷室は声を上げ、体を屈めた。劉は背中に回した大きな手のひらで、屈んだ体をぐいと引き戻す。男が乳首に触れられて気持ち良いのかなどわからなかったが、氷室の反応を見る限り、感じているのではないかと思う。指先で上下に何度も触れると、触れている方の突起が徐々に硬く立っていくのがわかった。 「やっ・・ちょ、っと・・劉・・っ!!」 「気持ちいいのか?コレ」 「く・・すぐった、い」 「・・・そうか」 物は言い様だなと思ったが口には出さず、劉は触れていたのと反対の胸に顔を埋めた。まだ立っていない方の突起に口付けると、ビクッと体が揺れ、んっ、と堪えるように氷室は堅く口を閉じる。劉はふと笑い、今度はそこを舌先で舐めた。氷室が咄嗟に両手で劉の二の腕を掴む。何か縋るものが欲しかったらしい。指先で片方の突起を摘まみ、もう一方に軽く歯を立てると、堅く閉じたはずの氷室の口は容易に開いた。 「あ・・あっ・・ん劉・・っ」 氷室の足がガクガクと震えている。劉の腕を掴む手にも驚くほど力が入っている。 「立ってるの、ツライか?」 いったん胸から顔を上げて劉が尋ねると、氷室はこくんと大きく頷いた。劉も大きく身を屈める体勢が辛いと思っていたところだ。さっき椅子から立たせたときと同様に氷室の両脇に手を入れて、今度は逆に椅子に座らせた。すぐさま劉は氷室の前に跪き、氷室の両足を開いて体を割り込ませ、乳首への愛撫を再開する。舌先で舐め、指先で弄り、甘く噛んだり、つついたり、手法を変える度に氷室はビクビクと体を震わせて、短い声を上げた。声を抑えるのをやめたのかと思えばそういうわけではなさそうで、時折り思い出したようにキュッと口を噤むその様がかえって劉の情欲を煽ると氷室が気付くはずもなく、初めて与えられた快感に堪え切れない声が洩れる。劉がふと視線を下ろせば、足を広げた氷室の股間が膨らんでいる。制服のズボン越しにもわかるその膨らみを、劉はそっと手で覆った。 「!!」 氷室は一瞬驚いて劉を見たが、その顔はやがて、微笑に変わった。仕方ないと諦めたような、いっそ早くどうにかして欲しいと乞うような目線がたまらない。劉は氷室のベルトに手を掛けた。カチャカチャと音を立ててそれを外し始めると、氷室は天井を仰ぎ、片方の手のひらで目の上を覆った。 ベルトに続いてボタンも外し、ファスナーを下ろす。ワインレッド地にウエスト部が黒のボクサーパンツは大きく盛り上がっていた。たった一枚の布越しに手を触れれば、はっきりと形がわかる。劉は布越しに、形に沿ってそれを握り、撫で始めた。 「・・ん・・・っ」 閉じた氷室の口元から、声が洩れる。触れるほどに、硬さが増していく。劉が下着のウエスト部に手を掛けると、「劉・・」という小さな声がした。劉は目線を少し上げて氷室と目を合わせ、「どうした?」と尋ねた。 「ホントに・・汗かいたままなのに、平気なのか?」 「まだ言うか」 「いや、劉がいいなら・・いいんだ」 小さく笑った氷室の表情に、胸が張り裂けそうになった。好きにしてくれと身を委ねるような。男のくせにそんな顔をするなんて反則だ。これ以上この男に触れたら抜け出せなくなりそうで怖い、けれどもっと色んな顔をさせたい。そんな複雑な感情が入り混じる。 戸惑いを断ち切るように、劉は氷室の下着のウエストを開き、手を入れた。直に触れた氷室のペニスはすぐに限界が来るのではないかというほどに硬く勃ち上がっていた。跪く劉がちらと氷室を見上げると、氷室は切なげな顔でそれでも苦笑してひと言、「頼む、なんとかしてくれ・・」と言った。 ズボンと下着を少し下ろし、劉はやさしく掴んだ氷室のペニスを下着の中から取り出した。「くっ・・」という氷室の声は、屈辱ではなく羞恥心から上がった声だ。他人のモノを直に目にするのはべつにこれが初めてではない。寮の風呂では氷室に限らず一緒に入った奴のモノを嫌でも目にしていたが、但しそれは平常時のものだ。自分以外の勃起したペニスを見るのは、モザイクのかかったネットの画像や動画を除けばこれが初めてだった。 氷室の地肌よりも少し赤みを帯びたそれを劉は大きな手で包み、扱き始めた。劉の大きな手は、握るだけで亀頭を除く陰茎を覆ってしまい、いくらも手を動かせない。 「は・・ぁ・・っ」 それでも氷室は顔を仰け反らせ、切ない声を上げる。先端からは透明の粘液が溢れ出し、劉の手に流れ落ちる。その先走りをさらに拭おうと親指で先端に触れたとき、亀頭の割れ目に指が掛かった。 「・・うぁ・・っ・・」 氷室はビクンと体を揺らし、少し大きな声を上げた。歪められた顔は、劉の視線を避けるように背けられる。滑りを手にした劉は、再び氷室のペニスを扱き始めた。顔を背けたせいで無防備に露わになった乳首に唇を寄せ、舌と唇で尖った突起を弄ぶ。 「ん・・っ劉、もうヤバ・・いっ」 「出していいぞ」 「・・でも、っ制服・・・っ」 「手で受け止めればイイ・・自分でわかるダロ?」 「んっ・・うん・・・」 劉の口調がいつもと違うことに気付いた。さっきからずっと、語尾に”アル”が付いていない。劉自身気付いているのかは不明だが、その声はいくらか切羽詰まったような吐息交じりの声だ。劉も昂っているのかと思うと何だか余計に堪らない。ペニスを覆った劉の手が小刻みに動き、氷室の限界がますます近くなる。羞恥心は何処かへ消え去り、椅子に座った体を仰け反らせて、氷室は胸も股間も劉に向けてさらけ出す。 「・・んんっ・・・」 氷室は手を伸ばし、自身の先端を覆った。生温かい精液は氷室の手のひらに放たれた。けれど上手く受け止められず、とろりとした白い液体が手のひらから零れ落ちる。劉は慌てて手を出して、それを手のひらで受け止めた。 人の手でイかされるという味わったことのない緊張と快感に、氷室はぐったりと椅子の背に凭れ掛かった。人肌から放たれた液体は空気に触れ、徐々に冷たくなっていく。氷室は自分と劉の手のひらを交互に見下ろした。 「ごめ・・ん・・」 「気にすんナ」 劉は氷室の頬に軽く口付けて立ち上がった。長テーブルの上に置いてあるバッグを空いている方の手で開けて、中からスポーツタオルを引っ張り出すと、手のひらを少しだけ眺めてからタオルでそれを拭った。それから再び氷室の前に跪き、氷室の手も拭ってやった。 劉が立ち上がったとき、ズボンの前が大きく盛り上がっているのが氷室の目に映った。氷室は下着を上げながら、劉の股間に視線を下ろす。 「劉・・」 「ン?」 氷室は体を屈め、劉のズボンのベルトに手を伸ばした。身を屈める氷室が窮屈そうに見えたので、劉は自ら膝立ちになって、氷室がベルトを外しやすい体勢をとる。たった今、劉の手で達した氷室が今度は劉のモノをどうにかしようとベルトを外し、ズボンのファスナーを下ろす。男同士でのこんな行為はおかしいと思う以上に、男同士だから、氷室だからこそ、その光景は劉の目にひどく淫猥に映った。大きく盛り上がった劉の下着を前に、氷室は何か躊躇しているようだ。劉は躊躇う氷室の手を掴むと、自分の下着の中にその手を突っ込んだ。劉の陰毛とペニスが直に手に触れる。氷室は恐る恐る、劉の勃起したそれを手で握った。 「・・・でかいな」 「・・・そうか?」 「うん、でかいよ」 「まぁ、氷室よりはな」 「言ってろ」 ちょっぴり癪に障った氷室が劉のペニスを少し強く握ると、「・・て・・っ」という声が上がった。 「気持ち、いいか?」 「・・・・・・」 劉は答えなかった。顔を顰め何かを堪えるような表情を見せていたが、突然、氷室を抱き抱えて立ち上がった。 「ぅわ・・っ、なに??」 氷室の問いに答えることなく、劉は氷室の体を強引に動かして、テーブルに手を付かせた。氷室が劉に背を向けるような格好だ。驚いて振り返る氷室を劉は後ろから抱きすくめる。 「おい、劉?」 「挿れたい・・・」 「?!」 いつかはそうなるかもしれないと覚悟はしていたが、あまりにも性急すぎる。女でない以上、自分に挿れられる箇所はひとつしかない。劉の大きさを見るに、到底すんなり入るとは思えない。多少傷付くくらいなら我慢できるが、もしも裂けたら?しばらくバスケができなくなったら?監督になんと理由を言えばいい? 一度にいくつもの憶測が脳裏をめぐると、謂れのない恐怖が沸き起こり、氷室の足はガクガクと震え始めた。 「挿れたい・・氷室・・・」 ファスナーの開いていたズボンはすでに足元まで落ちている。せっかく穿いた下着を劉が後ろから下ろしにかかる。 「待ってくれ劉!!いきなりなんて絶対無理だ・・っ」 「・・・ダメか?」 「ダメだ!!」 強い口調できっぱりと拒否をすると、劉はきつく抱きしめていた腕の力を弱めた。 「冗談、アルよ・・」 「・・え?」 ここで”アル”に戻るだなんてズルい、と思う。 「でも、いつかはしたい・・アル」 「・・・うん」 「いいのか?」 「もっと・・やり方とかちゃんと知ってからな?」 「ン、了解アル」 劉が少し臆病なことを知っている。 硬いものが、股の間をゆっくりと行き来する。先端から溢れ出す先走りが潤滑剤となり、それは氷室の股下を容易く前後する。股下を擦られる不思議な感触。それが勃った劉のペニスによるものかと思うと、また、体が疼き出す。劉の腰の動きが少し早くなり、勢いが増した。ぐいと突かれたとき、劉のペニスの先が氷室の陰嚢を刺激した。 「・・あ・・っ」 氷室の口から思わず声が洩れた。劉も気付いたのだろう。氷室の腰を両手で掴み、さらに腰を打ち付けてくる。潤滑剤にしていた透明の粘液は擦られて徐々に乾き、むしろ動きを阻んで摩擦から少しの痛みを伴った。それでも氷室の股下で快感を得たい。早く、達したい。 「んっ・・ん、ぁ・・」 「氷室・・っ」 劉は左腕を前に回して氷室を抱き、右手で氷室のペニスを握った。 「また、勃ってる・・」 「・・っ・・」 劉が握った手を動かし始める。再び訪れようとする快感を何とか堪えようと、氷室は肩を震わせた。後ろから抱きしめてくる劉の「ハ・・ッ」という粗い息遣いが、時折り氷室の耳元に落ちる。この間まで友達だったはずの劉が、自分に対して欲情し、興奮して腰を動かしている。背後にいて姿は見えないが、劉のその様を想像するだけで、今にも達してしまいそうだ。 「ン・・ッ」という声とともに、劉の動きが止まった。股の間に温かさを感じる。それは劉の放った精液で、股下から太腿を伝い落ちる液体は、瞬く間にひんやりと冷めていく。氷室のものを扱く劉の手はそれでも動き続けている。自分の股の間で射精した劉の様を思い浮かべた氷室も、二度目のオーガズムに達した。放たれた精液は、部室の床にポタポタと滴り落ちた。
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ぐったりと椅子の背に凭れ掛かる氷室のワイシャツのボタンを劉がひとつ、ふたつと留めていく。 「まるで王様アルな」と劉が見下ろすと、「劉が外したんだから劉が留めてくれよ」と氷室はわざとらしく踏ん反り返ってみせた。「エラそうアル」と言って劉が氷室の鼻をギュッと摘まめば氷室は口を尖らせ、けれどお互いの顔には笑みが零れる。 本当はまだ、ドキドキしている。自分たちが成した行為のほんの一部でも思い返せば、それだけで体の奥が熱くなる。ボタンを留め終えた劉が、今度は氷室の背後に回って、ネクタイを首に掛けてきた。「そこまでしてくれるのか?」と尋ねると、「ワタシが外したからな」と劉はさっきの氷室の言葉を揶揄して答えた。氷室はクス、と笑い、ネクタイを結ぼうとする劉の手を取って、何度もキスを落とす。 「それじゃあ結べないアルよ」 「なぁ、劉?」 「ナニ?」 「オレ、劉に”I love you”って言ったけど、劉から何も言われてないな」 「・・・は?」 唐突に何を言い出すかと思えば。 「そもそもアレ、氷室が調子こいて言った冗談アル」 「さっき本気だって言ったよ?」 「いいじゃナイか今さらもう・・・わかってるダロ・・」 「えぇ〜〜?」 不満げな声を上げ、氷室が後ろを振り返って見上げると、劉は少し困った顔をして眉を顰めている。その顔が少し可愛く思えたので、氷室は劉が何か答えるまでと、じっとその顔を見つめ続けた。 「・・何語がイイ」 「え?」 ハァ、とため息を吐いて、劉が折れた。ネクタイを結びながら、「何語で言って欲しいアルか」と、仕方なさそうに氷室に尋ねる。 「んー、じゃあ、中国語?」 「了解」 答えてから、劉は「ンー」と暫く思案した。中国語なら何を言っても氷室にわかるはずがない。椅子に座る氷室を後ろから軽く抱きしめて、そっと耳元で囁いた。 「想跟你一直在一起」 「・・・???」 てっきり”我愛你”とか、自分でも知ってそうな言葉を言ってくるかと思っていたら、存外に長かった。これっぽっちも意味がわからない。やられた、と思った。 「どういう意味だ?」 「内緒だ」 「えっ!ズルいだろそんなの」 「オマエが中国語がイイ言ったアルよ」 「劉はオレが英語で何か言ってもわかっちゃうけど、オレは中国語で喋られたら全然わからないんだぞ!」 「・・・・・」 何をわかりきったことを・・。っていうか、だから中国語がいいと言ったのはオマエじゃないのか? 駄々をこねるようなこんな子供っぽい氷室を見ることができるのは、もしかしたら自分だけかもしれない。 そんなことを思ったら、ちゃんと、想いを伝えたくなった。
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不満げな表情で見上げてくる氷室の目をじっと見つめて日本語でそう言ったら、氷室の顔が赤く染まった。 「オレもだよ、劉・・・」 「・・・謝謝。嬉しいアル」 氷室の返事を聞いた劉は、なぜだか泣き出しそうな顔で微笑んで、切なげに見上げる氷室の唇にそっと、口付ける。
それは叶わぬ願いかもしれない。
アナタと、ずっと一緒にいたいデス――― 。
終
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