First Kiss

 

今日も青空の下、いっぱいボールを追いかけた。
できなかったことができれば嬉しくて、できないことがあれば悔しくて、それでもやっぱり楽しくて、タツヤとタイガは、飽きることなくバスケのコートを駆け回る。

「よーし、今日はこれで終わりにしよう」

タツヤとタイガのバスケの師、アレックスの声が響いた。

「ええっ!?まだこんな時間じゃん。もう終わり?」

フェンスの向こうに立つ公園の時計塔を見れば、いつもよりも1時間も早い。物足りない、と言わんばかりにタイガはアレックスを見上げた。

「私にだってたまには用があるんだよ」

アレックスは、そう言いながらひとつに束ねていた髪を解いた。金色の美しい長髪がさらりと背中へと流れ落ちる。
さっさと帰り支度を始めるアレックスを見ても未だ不満げに頬を膨らませるタイガに、タツヤは近付いた。

「デートなんじゃないかな?」

「!?」

そっとタツヤに耳打ちされて、タイガは驚いて目を丸くした。
アレックスは自分たちよりもずっとずっと大人だ。結婚はしていない、たぶん。口は悪いしあまり女らしくもないが、すごく、美人だ。胸・・も大きいみたいだし、スタイルは抜群にいい。そんな彼女に恋人がいても何ら不思議はない。
タイガはタツヤの顔を見て、コクコクと頷いた。

「あーそれから、悪いけど明日から1週間ここを離れるんだ。その間は見てやれないけど、二人でサボらず練習しておくんだぞ」

「うん、わかった」

「えええぇぇぇ〜〜〜〜!?」

タツヤは素直に頷いたが、またしてもタイガが不満の声を上げる。

「何なんだオマエは・・少しはタツヤを見習え。同い年になったんだろ?」

「そうだけどさぁ」

タイガはつい先日、8月2日に10歳の誕生日を迎えた。10月30日にタツヤが11歳の誕生日を迎えるまで、ほんの少しの間、二人は同い年になる。けれど、学年はタツヤの方が上という事実を差し引いても、二人はおよそ同い年とは思えなかった。物分かりが良く、元々落ち着いた性格のタツヤと、自由奔放で思ったことはすぐ口に出てしまうタイガ。内面のみでいえば、その差は歴然としている。

ところが体の成長は、精神年齢とは関係がないように思えた。身長は、以前はタツヤの方がいくらか高く今なお伸び盛りではあるが、タイガもそれに比例するように伸びている。タツヤが背比べを嫌がるのではっきりとはわからないが、細身のタツヤに対してガッシリ系のタイガの方が大きく見えることもある。バスケのレベルも身長と同様で、最近のタイガの成長には著しいものがある。バスケというスポーツに対する理解力がタツヤの方が格段に上なので、今はまだタイガはタツヤにまったく敵わないが、タイガの運動能力と吸収力を持ってすれば、いつかはタツヤに勝てる日が来るのかもしれない。
アレックスは、二人の愛弟子を見下ろした。

「大丈夫だよ、アレックス。タイガはボクがちゃんと言い聞かせるから」

「何だよタツヤ!オレだってちゃんとわかってるよ!!」

タイガの我が儘は、少し子ども扱いすればすぐに聞き分けることをタツヤは知っている。アレックスは顔を背け、プッと小さく笑った。

「ああ、もうっ、すぐそうやって二人でオレを子供扱いする〜〜」

「だって子供だろう?」

「タツヤだって子供だよ!」

「ああ、そうだ。二人ともカワイイ子供だよ」

自分まで子供と言われてタツヤは一瞬顔を顰めたが、その表情はすぐにまたいつもの穏やかな微笑みに変わった。

「いってらっしゃい、アレックス。1週間会えないのは少し寂しいけど、ちゃんと教わったことできるようにしておくから、安心して」

タツヤはアレックスを見上げ、ニッコリと笑う。

「オレも!オレも!」

頑張る!と、タイガがタツヤの横で、飛び跳ねる。

「なぁ、タツヤ・・」

「なに?」

「オマエ一体どこでそういう技覚えるんだ?」

「・・技?」

タツヤはきょとんとして首を傾げた。何を言われているのかわからない。そんな様子に、アレックスはどこか安堵の息を洩らした。

「まぁ、いっか。それじゃあな、愛しいバカ弟子たち」

「バカじゃないぞ!!」

「・・・!!!」

アレックスが身を屈めるのとほとんど同時にタツヤは一歩後退りをしたが、少し遅かった。顎をすくわれ、タツヤの小さな唇に”チュッ”という微かな音を立ててアレックスの唇が触れる。

「ア、アレックス!!!」

タツヤの頬が真っ赤に染まる。大人びた振りをしていても、まだまだ子供だと実感する瞬間だ。

「1週間の別れを寂しいと思ってくれるんだろ?」

「それとこれとは・・!!」

「あ・・逃げるなよタイガ」

「ひぃぃぁああ!!!」

アレックスは逃げようとするタイガの腕を掴んで引き寄せ、タツヤよりもずっと深いキスをする。

「な、なんでオレのはブッチュ〜〜なんだよ!!!」

「オマエの方がちょっとだけお子様だからかな?」

「何でだよ同い年なのに、わっかんねー!!」

その反応がすべてだろ、と思うが、言ったところでタイガにもタツヤにもまだわからないだろう。

「じゃあな、危ないからいつもの時間にはちゃんと帰るんだぞ」

「うん、アレックスも気を付けて」

「ああ、サンキュー」

「来週待ってるからな!」

「おう!」

ブンブンと大きく手を振るタイガと、ボールを持ったまま見送るタツヤに背を向けて、アレックスはコートを去って行った。






「気を付けて、って・・アレックス、どこか危ないところへ行くのか?」

アレックスの姿が見えなくなった頃、タツヤがアレックスに言った言葉が気になって、タイガは尋ねた。

「そういう意味じゃないよ」

「じゃ、どういう意味?」

「何のためにどこへ行くのか知らないけど、ここを1週間も離れるってことは、多少なりとも遠くへ行くってことだろう?車かもしれないし、飛行機かもしれない」

「地下鉄かもな!」

「うん、だから、乗り物に気を付けてとか、体調に気を付けてとか、そういうの全部ひっくるめて”ボクはアレックスのこと案じてるよ”っていう気持ちを”気を付けて”って言葉に換えて伝えたんだ」

「・・・???」

よくわからないけど、タツヤが大人の挨拶をしたのだということはわかった。そういうことが平気でできてしまうタツヤはやっぱり自分よりもお兄さんで、スゴイなと思う。

「タツヤ、そういうのって照れないのか?」

「照れる?どうして?」

「まるで、大人みたいだ」

タイガの顔はどこかムスッとしている。

タツヤはクス、と小さく笑った。

「認めたんだ?」

「え?」

「ボクの方が大人だって」

「!!!!」

しまった、という表情で、タイガは慌てふためいた。違う、今のなし!と手のひらをタツヤに向けて何度も振る。タツヤは今度こそ、アハハハ、と声を上げて笑い出した。

「ウソだよ」

タツヤがタイガの背中をポンポンと叩く。

「ボクの誕生日までは双子でいてあげる」

そう言って笑うタツヤの顔は、いつも以上に大人びて見えた。






***






アレックスがいつもより早く帰ってしまったので、タイガとタツヤはもう少しだけボールを追いかけた。
夏の日差しが徐々に傾き始めたが、日暮れにはまだ早い。それでも二人はアレックスとの約束どおり、いつもの時間で切り上げた。そうしないと親に叱られた上にバスケ禁止令が出てしまうし、何より師匠のアレックスに迷惑がかかることを知っているからだ。

二人はゴールの後ろのフェンスを背に座った。タツヤは体育座り。タイガは胡坐をかいている。リュックの中からタオルを出して二人は流れる汗を拭いた。タツヤはさらに水筒を取り出して蓋を開け、蓋を逆さにして冷たいスポーツドリンクを注いだ。飲む?と自分が飲む前にタイガに尋ねると、うん、とタイガは嬉しそうに返事をしたが、手を出そうとして少し考えて、やっぱタツヤが飲んでからでいい、とらしくもなく遠慮した。さっきの会話が尾を引いているのだろうが、タツヤは気付かない振りをして、そう?と言って、先に飲んだ。次に少し多めにスポーツドリンクを注いで差し出してやると、タイガは嬉しそうにそれを一気に飲み干した。本当に可愛い弟だな、と思ってから、そうだ今は双子だった、とタツヤは一人、笑みを零す。

「な、タツヤ」

「ん?」

「オレたちのファーストキスって、アレックスになるのかな?」

「・・・え?」

唐突な問いに驚いて隣りを見ると、タイガは眉を歪めて口を尖らせている。腑に落ちない、というその顔をタツヤは暫し無言で見つめた。

「タツヤってば」

「え、あ、ああ・・」

「どうなの?」

「アレックスのはそういうんじゃないだろう?」

「じゃ、どういうの?」

「あれは家族へのキスと一緒だよ」

「オレ、家族からあんなブッチュウ〜〜ってされたことないぞ」

「アレックスにとってはあれが家族へのキスなんじゃないの?」

「タツヤには違うじゃん」

「ボクは避けるのが上手いから・・」

自分で言っておきながら、それは違う、とタツヤは思う。アレックスは何か意図して自分には軽いキスに留めているような気がする。もしもタイガにするようなキスをアレックスにされたら、少し、ヘンな気持ちになってしまうかもしれない。そんなことをこっそり考えていることをアレックスは気付いているんじゃないだろうか。そう思うと、堪らなく恥ずかしくなって、タツヤは思わず両手で頬を覆った。

「じゃあさ、オレのファーストキスはまだ、ってことだよな」

タツヤの様子など意に介さずに、タイガは言った。うん、そうだね、と答えてやると、タイガはよっしゃ!と言ってニカっと笑った。

「タイガさ、好きな子でもいるの?」

「え?いないけど?」

「じゃあどうしてそんなにファーストキスにこだわるんだい?」

「だってさ・・・」

「・・うん?」

「そーゆーのはやっぱ、されるんじゃなくて自分からしたいじゃん」

照れているのか、タイガは少し俯き加減になって、胡坐をかいたままゆらゆらと体を揺らしている。ファーストキスに対する理想など考えたこともなかったので、タツヤは少し驚いて、照れるタイガを見つめた。視線に気付いたタイガは、なんだよ、とだけ言ったが、その顔には恥ずかしいからこっち見んな、と書いてあるような気がした。タツヤはタイガから視線を逸らし、前を向いて膝を抱えながら言った。

「ねぇ、タイガ」

「ん?」

「キス、しようか」

「・・・・!!!!????」

あまりにも衝撃的なタツヤの言葉に声が出ない。タイガは大きく目を見開いて、口をパクパクさせている。タツヤは膝を抱えた姿勢のまま顔を傾けてタイガを見上げ、少しだけ、笑った。当然今までタツヤをそういう対象として見たことなどないが、タツヤの顔が整っていて綺麗だということは子供心にも認識している。そして今のタツヤの表情には、心臓がビクッとした。大人から止められているいけない遊び(廃屋を探検してみようとか、ダウンタウンに行ってみようとか)に誘われたときのような、そんなドキドキが止まらない。

「な、なんで?」

「え?」

「なんでオレとタツヤが・・キ、キスすんの?」

「練習・・しよう?」

「れ・・れ、練習?」

「うん、ちゃんと自分から上手にキスできるように」

「そ、そしたらオレのファーストキスがタツヤになっちゃうじゃん!」

「でもボクたち兄弟だし、男同士だし、練習だから回数に入れなければいいんじゃないかな」

「回数に・・入らないの?」

「うん、入らない」

タツヤは自分とタイガの間に置いてあるリュックを持ち上げて、脇へと退けた。腰を上げ、密着するようにタイガに体を寄せると、タイガの心臓はいよいよバクバクと高鳴り出した。いつの間にか納得させられていることには、タイガ自身気付いていないようだった。

「タ、タツヤ、ここで?・・なぁ、ここで?」

「うーん・・ちょっと人目に付くかな」

二人が背にしたフェンスと遊歩道の間には、低い木の植え込みがあった。遊歩道側からは死角になるが、隣りのコートでは自分たちよりずっと年上の少年たちが3on3をしている。試合に夢中でこちらの存在など気にも留めていないだろうが、少年同士がキスをしていれば気が付くかもしれない。タツヤはたった今タイガの反対側に置いたリュックの中を探り、薄手のフード付きパーカーを取り出した。

「これを被ろう」

「二人入れんのか?」

「大丈夫だと、思う」

言いながらタツヤは両手でパーカーを広げ、自分たちの頭の上に被せた。途端、視界がお互いの顔だけになる。タツヤの顔が間近に迫ると、タイガのドキドキは最高潮に達した。

「いいよ・・して」

パーカーの中で潜めたタツヤの声は、タイガの耳になぜだかいやらしく響いた。まだ何もしていないのに、息が苦しい。勢いよく唇をくっつけようとして、いやでもこれは練習なんだからちゃんと練習しなくちゃ、と思い留まってみせる。タイガは一度、ふー、と息を吐いた。

「タツヤ・・目つむって」

「ん?・・うん」

目の前に映るタツヤの瞳がそっと閉じられた。乞うようにも見えるその表情に誘われるように、タイガは唇をタツヤに近付ける。が、その前に、互いの鼻と鼻が当たってしまった。その瞬間、タイガだけでなく、タツヤの肩もビクッと跳ねた。ゴメン、というタイガの言葉は、掠れて上手く声にならなかった。

「ボクから・・しようか?」

目を閉じたまま、タツヤが言った。

「やだ」

と答え、タイガは再度慎重に顔を近付ける。鼻がぶつからないようにか、タツヤが少し顔を上向かせた。タイガもそれに倣って少し上を向く。

やがて、二人の唇が触れた。そっと押し付けたタツヤの唇は、アレックスの唇よりもずっと小さく、ふにゃりと柔らかかった。その柔らかさに驚いてしばらく動けずにいると、タツヤが唇を動かした。触れ合ったまま少し下へとズラし、タツヤは上唇と下唇でタイガの下唇をそっと挟む。

タイガの体がぞくりと震えた。体中のあちこちから、ある一点へと何かが集まってくる。下半身の一部が、自分の意思とは関係なく何か変化している。タツヤはさらに、自分の唇で挟んだタイガの下唇を吸った。タイガの下唇が、スルッとタツヤの唇の間に吸い込まれる。

「っ!!!!!」

タイガは思わず顔を離した。

「タ、タツヤ・・オレちょっと、便所・・っ」

わたわたとパーカーの下から抜け出して立ち上がり、まだパーカーを被ったままのタツヤを置いてタイガは公衆トイレに向かって駆け出した。

「・・・・・・・・」

一人置き去りにされたタツヤは、足を投げ出し、フェンスに寄り掛かった。被っていたパーカーを頭から外して無造作に足の上に置き、ぼんやりと空を見上げる。空に浮かぶ雲は、白と、ピンクと、紫のグラデーションのような不思議な色をしていた。

心臓がドキドキしている。自分から仕掛けたとはいえ、こんな気持ちになるとは思わなかった。タツヤは下を向き、ズボンの股の辺りを見た。確実に何かが起こっていることは理解しているが、初めてではなかったのでそのままやり過ごした。

なぜこんなことをしようと思ったのだろう。それすらよくわからない。ただ、タイガがそう遠くない未来に誰かと抱き合ったりキスしたりするんだろうなと思ったとき、単純に”イヤだな”という感情が沸いた。タイガとどうにかなりたいなどとは思ったことがない。けれど、いつかタイガが誰かとどうにかなることを考えると、とてもイライラした。よくわからない。こんな感情は知らない。ざわざわと体中に蠢く歯痒さに、タツヤは両手で頬をパンパン、と叩いた。

足音とともにタイガが駆けてくる。あっという間に戻ってきた彼はタツヤの前でキュッと止まると、人差し指で鼻の下を擦りながら、照れくさそうに笑った。

「帰ろう?タツヤ」

足を投げ出して座るタツヤに向けて、タイガは手を差し出した。
時計塔を見やれば、大急ぎで帰らないと親に叱られる時間だ。

「うん」

よくわからない感情を胸に仕舞い込み、タツヤはタイガの手を強く握った。






end






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*タツヤが抱いた感情は”独占欲”です、たぶん。普段いい子なので、”欲”を抱くという感情が自分ではわからないのかも。この時点ではお互い恋心とかはありません。

*二人でパーカー被ってコソコソしてたら怪しいだろ、と思うけど、それで隠れられると思うところがタツヤもまだ子供だった、ってことで。

 

 

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