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「おい劉、いるか〜?」 劉は相変わらずベッドに寝そべって、音楽を聴いていた。 「いきなり何アル?」 仕方なく体を起こし、劉はベッドから足を下ろしてそのまま腰掛けた。両耳のイヤホンを外し、ウォークマンの電源を切る。 「年明けてから会っとらんじゃろ。あけましておめでとうを言いに来たんじゃ」 「おう、劉、おめっとさん」 「中国の正月は2月――」 「ここは日本だろ?」 「・・・・・」 はぁ、とため息を吐いてから、やっぱり仕方なさそうに劉は「オメデトウ」と答えた。二人が新年の挨拶をしに来ただけではないことは想像がつく。劉の両脇に腰を下ろす岡村と福井を交互にちらと見て、劉はもう一度、ため息を吐いた。 「ドア開けっぱ・・寒いアル」 「お、ワリィな」 福井が立ち上がりドアを閉めに行くと、部屋を出てすぐの壁沿いに、氷室と紫原が立っていた。様子を窺いに来たのだろうが、今この二人が来たら、劉はますます頑なになるだろう。福井は二人に、悪いな、という意味で目配せをしてからそっとドアを閉めた。 「氷室がなんか余計なコト言ったアルか?」 「いーや、べつに」 「ワシらが勝手に来ただけじゃ」 そんなわけはないだろう。今、このタイミングで二人がやって来たということは、自分が誘われたのに行かなかったことも知れているはずだ。どんな態度を取ればいいのかわからずに、劉は俯いた。 「氷室は、ときどきウザいアル」 「ケンカでもしたんか?」 「ケンカにもならないアル」 「お前ら普段すげー仲いいのに、たまーに険悪になるのな」 体の後ろに両手をついて、福井は可笑しそうに「なんでだろうな」と言って天井を眺めた。 「氷室は・・ホントにバスケバカアル。バスケのことになると人の気持ち考えないアル」 「まぁ、確かにバスケバカじゃのう」 「ってか、オレたちみんなバスケバカじゃね?」 「でも、氷室は最強ネ」 「あっはははは!!」 そうかもな、と先輩二人は納得して笑った。廊下にもその笑い声は聞こえてきて、よもや氷室は自分が笑われているとは気付くことなく、その笑い声に安堵した。 「だから劉、そんなバスケバカはバスケ以外全然だから、お前がいろいろ助けてやれ」 「・・・氷室の尻拭いアルか?」 「尻拭いっちゅーか、フォローじゃな」 「胃が持たないかもしれないアル」 「お前、よく気が付くもんな」 たぶん、褒め言葉なのだろう。劉は俯いたまま、横目で福井を見た。福井と劉の身長差は27センチだ。自分は俯いているのに、上を見上げているはずの福井と視線が合って、劉は慌てて目を逸らす。 「氷室のこと、嫌いじゃないだろ?」 「友達としてなら好きアル」 「バスケしてるときは?」 「超・・頼りになるし・・氷室のバスケは速くて、正確で、ホントに綺麗で・・憧れる、アル」 「じゃあ問題ねーじゃん」 紫原の言ったキレーとかカッコイイの意味もこういうことではないのか? 「なぁ、劉」 「・・ン?」 「お前、ここ卒業したら日本の大学行くの?」 「誘ってくれるトコあればそうしたい思ってるアル」 「そっか」 福井は後ろについていた手を前で組んで、そのまま伸びをした。それから体も真っ直ぐに戻して座り直し、劉の顔を高く見上げる。 「オレさ、大学でバスケやんねーんだわ」 「・・・え?」 微かな声しか出なかった。 「学校の先生になりたいんだ」 「・・・先生・・・」 ああやはり、聞き間違いではなかった。福井に教師はとても向いていると思う。そう言いたかったが、声が出ない。今声を出したら、違うものまで溢れてきてしまうような気がして。呆然とした心の内を知られたくなくて、劉は福井から顔を背け、また、深く俯く。 「だからお前が日本の大学行っても、どこかの大会でばったり会うなんていう偶然もない」 「・・・・・・・・」 「だからさ、劉。オレがお前とバスケすんの、オレたちの引退試合が最後だ」 「・・・・・・・・」 劉は何も言えず暫し沈黙が続いたが、岡村が「よっしゃ!」と掛け声をかけて、劉の背中をバシッと叩いた。 「ええか、劉。引退試合の仕切りは、部長としての最初の大きな仕事じゃ」 劉は俯いたまま、コクリと頷いた。 「ぜってー楽しませろよな。あ、でも、日程はなるべく遅くな。ヘタすんとオレ、受験終わってねーかもだから」 「本命に一発で受からんかい」 「うっせーな。受験もしねーで大学行くゴリラに言われたかねーぞ」 「・・ったく、ワシゃとうとう最後までゴリラ扱いかい。のう、劉?福井やお前にゴリラ言われるんも、あともう少しの辛抱じゃのう」 岡村の言葉に、劉はギュッと拳を握りしめる。 「じゃあな、劉。オレはちょっと忙しいけど、このヒマなゴリラはいるからよ。役に立つかわかんねーけど何かあったら相談しろな」 「お・・それと言い忘れとったが、紫原はずい分とお前に懐いとるんじゃな。その調子でどんどんバスケの楽しさを教えてやってくれ」 「オレらにできなくてお前らにできることもたくさんあんだから。自信持てよ?」 一方的に言うだけ言って、二人は劉のベッドから立ち上がった。 「ハイ!」 という大声が背後から聞こえた。 「アリガトウゴザイマス!!」 発せられた声は、部活のときと同じか、それ以上に大きな声だった。 「お、おう・・」 驚きのままに福井は思わずそう答えたが、深く頭を下げたまま、劉はなかなか顔を上げようとしない。 「おい劉、もう――」 いいぞ、と言おうとしたら、岡村にそれを止められた。 劉の部屋を出ると、そこにはまだ、氷室と紫原が立っていた。
「福ちん、泣いてたね」 「・・・ああ」 部屋から出てきた福井の顔は、涙で濡れていた。唇を噛み締め、声を出さないよう堪えているようだった。3人が何を話していたのかはわからない。ただ、「はい、ありがとうございます」という劉の大きな声だけは、氷室と紫原の耳にも届いていた。 「結局あの二人、劉ちんのことがいちばん可愛いんじゃん?」 「過ごした時間が違うんだから仕方ないよ」 「まぁねー」 わかった風な声が返ってきたが、紫原の視線は廊下を歩いて行く先輩たちの後ろ姿を追っている。 「なんだ、やきもちかい?」 「はぁ?!」 んなわけねーし、と眉を顰め、紫原は岡村たちと逆方向へと廊下を歩き出した。 「え、アツシ、階段あっちだぞ?どこ行くんだ?」 「室ちんの部屋!」 「ハハ・・OK!」 もう一度だけ、岡村と福井の後ろ姿を見た。 いつかあんな風に後輩たちの目に映るといいなと思いながら、氷室はくるりと踵を返し、先を行く紫原の後を追った。
end
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