はじめての LOVE ホテル4
中の見えないドアが自動で開き、二人はそろそろと足を踏み入れた。 「これって、この2部屋しか空いてないってことだよな?」 「うん、なんていうか・・平日の夜でもこんなに混んでるんだ」 「すげーな・・」 「タイガはどっちがいい?」 「う〜ん・・」 3階の部屋は、一泊9,800円。一方8階の部屋は、一泊15,800円。1万円を超えるか否かでは、火神の財布的にも大きな差がある。けれど黄瀬によれば、4階までは部屋も狭くいかにもラブホテルっぽい内装で、ただヤルだけなら満足できる部屋。それ以上は、階が上にいくほど眺めが良く、部屋の広さも内装もグレードアップしていくので、泊まりなら上の階がオススメらしい。それでも15,800円という金額を見るとなかなか思い切れず、どーすっかなーと、火神はがしがしと頭を掻いた。 「オレ、こっちがいいな。滑走路の見えるお部屋です、だって」 「ん?・・え、あ・・っ」 正直滑走路が見えようが見えまいがどうでもいいのだが、どっちがいい、と聞かれた割に火神に選択権はなく、気が付けば氷室はさっさと8階の部屋のボタンを押していた。パネルの下から小さな紙が出てきて、そこには『お客様のお部屋は801号室です』とプリントされている。まぁいっか、と火神は軽くため息を吐いた。 真後ろにあったエレベーターに乗り込み8階で降りると、扉を出てすぐ右側に801号室のドアがあった。見える範囲に他の部屋のドアはなく、それはまるで、この部屋のためのエレベーターのようでもあって、「どんだけエレベーターあんだよ」と思わず呟いた火神の言葉に氷室も何度も頷いて笑った。 ドアの上に取り付けられた大きなランプが緑色にちかちかと音を立てて点滅している。お部屋はここですよ、という案内なのだろう。火神はドアノブに手を掛け、そっと、ドアを開いた。 『ピンポンパンポーン♪』 ドアが閉まった途端にどこからか流れた大きなチャイム音に驚いて、二人はビクッと体を揺らした。 『いらっしゃいませ。こちらは自動会計システムとなっております。メンバーズカードをお持ちのお客様は―――』 流れる声は、玄関の壁に設置された自動精算機の案内音声だった。なんだ・・と息を吐き、二人はホッと胸を撫で下ろす。 狭い玄関に靴を脱いで上がり、最初の扉を開くと、そこはすでに部屋中の電気が点いていた。明るい室内に足を踏み入れた二人は、「うわぁ」と思わず声を上げた。 「何だこれ、すげーな」 「シティホテルよりはるかに豪華じゃないか?」 「リゾートホテルみたいだな。行ったことないけど」 「うん」 広々とした室内は、白とベージュを基調にした内装で、所どころのアクセントとしてカーキ色が使われている。大きなベッドと、白いローテーブルと、布製のベージュの二人掛けのソファがあり、床は明るい木目調だ。 部屋に感動するのと同時に、嫌でも二人の目に止まるものがあった。大きなテレビ画面だ。サイズは42インチくらいだろうか。テレビはすでに点いているが、音声はない。4×5分割された画面に、今放映されているのであろうすべての番組が映し出されているが、その中の3〜4チャンネルは明らかにアダルトビデオであることがわかる。一応目には止まったが、何となくお互いにそれには触れることなく、二人はテレビを素通りした。 「見ろよタツヤ、すごいぞ」 素通りしたテレビの先には、天井から床まである大きな窓があった。大きく厚手のカーテンが掛かっていて、火神はそのカーテンを少しだけ手で開き、隙間から外を覗いている。どれどれ?とやはり隙間から外を覗き見た氷室は部屋に入ったときと同様に「うわぁ」と歓喜の声を上げた。 「すっごい・・綺麗だ」 そう言ったきり、暫く無言で外を眺めている氷室を火神は後ろからそっと抱きしめた。さらには頬に、耳朶に、軽くキスを落とす。氷室はくすぐったそうに肩を竦め、前に回された火神の腕をぎゅうと握った。ガラスに張り付くように外を眺めていた顔を少し窓から離すと、室内の明かりの反射でガラス窓には自分たちの姿が鏡のように映った。まるで男女の恋人同士のように映し出された自分たちの姿に、些かの違和感が生じる。抱きしめたい、口付けたい。抱きしめて欲しい、口付けて欲しい。はずなのに。氷室は、抱きしめてきた火神の腕を解いた。 「タイガ、オレもう限界」 火神の腕から逃れた氷室は窓から離れて室内を歩き出し、メインの部屋を仕切ってある磨りガラスの向こうへと消えた。火神は暫し呆然としたが、見えない磨りガラスの向こう側から聞こえてくる音を聞いて、少し安堵して広いベッドにドサッとダイブする。 暫く続いていた水音が止み、氷室は火神の元へと姿を現した。ベッドにルーズに横たわっている火神の横に、氷室も倒れ込むようにダイブする。 「なんかもう、皮膚呼吸できない感じがホント無理」 「何だよ皮膚呼吸って」 笑いながら撫でた前髪が濡れている。氷室はウィッグを外し、顔に塗ったクリームと口紅も洗って落としていた。いくらか膨らんでいたはずの胸も無い。タンクトップだけ脱いできたのだろう。 「そんなにがっつかなくても、時間はいっぱいあるだろう?」 「そうだけど・・・」 なにしろ3か月半ぶりなのだ。自身が快感を得たいのはもちろんだが、この綺麗な恋人が乱れる様を早く見たい。それによってさらに強い快感を得ることができることに彼は気付いていないのだろうか。 「タイガ、ちょっと来て」 磨りガラスの向こうから、氷室の声がする。火神は仕方なく立ち上がり、声のする方へ向かった。 「何だ?」 「見ろよ、すっごい広いぞ」 「おおっ、マジか」 浴室の扉を開けて待っていた氷室は、自慢げにその風呂場を火神に見せた。 「タイガんちのお風呂の倍くらいあるかな?」 「それ以上じゃねーのか」 洗い場も浴槽も、驚くほどに広かった。それに綺麗だ。これなら体の大きな二人が一緒に浴槽に浸かれるかもしれない。浴槽に栓をして、とりあえずお湯を出して風呂場を出た。 「オレ、腹減っちまった。とりあえず風呂の前にパン食うわ」 「そういえば、飲み物冷蔵庫入れなきゃ。とりあえず何飲む?」 「うーん・・牛乳」 「・・・・・」 22歳と23歳の恋人同士。まるでリゾートホテルのような雰囲気の良い(ラブ)ホテル。まぁ男同士だしムードというものにさしてこだわる気もないが、とりあえずは牛乳・・か。 あまりにも彼らしい。氷室はくす、と小さく笑い、「OK」と答えた。 メインの部屋を仕切った磨りガラスの裏側には広めの棚があり、グラスや皿、コーヒーカップ、ティーパックのお茶やドリップコーヒーといったサービス品がガラス扉の中に用意されていた。その隣りには部屋と同調した白色の引き扉あって、中には小さな冷蔵庫が納まっている。冷蔵庫はボタンを押すと扉が開いて取り出し可能になる自動課金式のもので、それ以外にはあまり入りそうになかったが、とりあえず飲み物は全部入った。もっとも、1リットル牛乳のスペースまで残ってはいないが。 牛乳を棚の上に置くと、まるで待ちきれなかったかのように火神はパックの口を開け、直接口を付けてゴクゴクと飲み始めた。その豪快さに氷室はもう一度笑い、自分もドライビールのプルトップを引き上げる。少し温くなったせいか、ブシュ、という鈍い音と共にじわじわと吹き出す泡を慌てて口に含み、それからあらためて、ごくりとひと口飲みながら、氷室はすでに火神が移動しているソファへと向かった。火神はメロンパンを頬張っている。氷室も火神の隣りに座り、キャンディチーズの袋をいい加減に開けて、それをテーブルの上に直接出した。チーズをひとつ口に入れてビールを飲み、おにぎりも食べながらまた、缶のままビールを飲む。 本当は、チーズは皿に盛るつもりだったし、飲み物もビールとジンジャエールをグラスに半々に割って、最近ちょっと嵌っているシャンディガフでも作って飲もうと思っていたのだけれど。これではまるで、先輩と出張に行ったときのビジネスホテルの晩と何ら変わりない。そう思うとあまりにも可笑しくて、氷室はくっくっ、と肩を揺らして笑いを堪えた。何が可笑しいんだ?と見下ろしてきた火神の顔を見た氷室は、プッと吹き出してさらに肩を大きく揺らす。 「だから何だよ?」 「ん?だって・・」 ああ、やっぱり出張先での先輩との晩酌とは違う。 「白髭付いてるよタイガ」、と笑いながら言った氷室は少し伸びをして、火神の上唇の端に浮き立つ牛乳の名残りを舌で舐めて取った。
そしてもうひとつ―――。 ビジネスホテルとは明らかに違うモノがまだあった。 「何か・・見る?」 無音声のため、目を向けなければ特に気にならないテレビ画面を顎で指して、氷室は尋ねた。 「オレ普段ほとんどテレビ見ねーからなぁ」 「なぁ、タイガ」 「・・ん?」 「AVって見ることあるかい?」 ぶっ、と牛乳を吹き出しそうになって、火神は慌ててそれを飲み込んだ。 「え、な、何だよ突然・・見たいなら見ていいぞ」 「うん、まぁ、オレは見ることあるけどさ、それはさておきタイガはどうなのかな・・って」 おいおいアンタは見てんのかよ、と思ったがそれは声には出さず、火神は訝しげに氷室の顔を顰めて見た。氷室は何だか全てを分かりきったような表情でニッコリと微笑んでいて、そういう時の彼は大抵、碌なことを考えてはいない。だから逆に、聞いてやることにした。 「タツヤは、どんなときに見てるんだ?」 「え?」 てっきり照れて慌てるかと思ったのでそれは意外な問い掛けではあったが、氷室は至極冷静に答える。 「・・うーん、出張で会社の先輩とツインに泊まった時、先輩がどうしても、っていうから・・とか?」 あれか、と火神はバスケの遠征でホテルに宿泊した際のテレビ事情を思い出す。大抵のホテルでは、1,000円程度の課金で、少々のアダルトビデオを見ることができるわけだが。 「なぁ・・その先輩、大丈夫か?」 「??・・何が?」 「いや、その・・そーゆービデオ一緒に見て、タツヤに変な気起こさないか、っていうか・・・」 「え?・・は?ちょっと待っ・・や、アッハハハハ!!!!!」 わりと本気で心配して尋ねたというのに、氷室は声を上げて笑い出した。 「何言い出すんだよ、そんなことあるわけないじゃないか!!」 先輩の顔でも思い出したのか、氷室は腹のあたりを押さえ肩を震わせて笑いを堪えている。 「何でそう言い切れるんだよ」 「だって奥さんも子供もいる40代の先輩とかだぞ?何で男のオレ相手に変な気起こすんだよ」 「アンタ全然わかって―――」 「タイガ・・」 少し呆れた風に小さな息を吐いて。氷室はそっと肩を寄せ、火神の頬に軽く口付ける。 「オレにそんな気起こすの、お前くらいだろう?」 諭すような視線で見上げ、卓上のリモコンを手に取り氷室はテレビを消した。 「風呂に入ろう?そろそろ溢れてるんじゃないか?」 火神の背をぽんぽんと宥めるように叩き、氷室は立ち上がって磨りガラスの向こう側へと消えた。 全然わかってない。 火神はドサッとソファに寄り掛かり、大きなため息を吐く。 「まぁ・・いっか」 氷室と居ると自然とこのセリフが多くなるよなぁと、火神は苦笑交じりのため息を吐いた。
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