涙/雨
師の前で、なぜ自分ではなくアイツなのかと情けなく泣いたあの日も、雨だった。 あれからもずっと、ひたすらに、オレは弛まぬ努力を続け、お前に勝つことだけを望んできた。
だからといって、今もまだ、勝負を諦めたわけじゃない。 「まだだタイガ、もう1回!!」 突然降り出した激しい雨に、オレたちは一瞬にしてずぶ濡れになった。 「とにかくタツヤ、どこか移動しよう」 ストバスコートから走って辿り着いたビルの1階に入っている雑貨店の軒下には、すでに雨宿りをしている人たちがいた。通りすがりだったのかほとんど濡れていない人もいれば、駆け込んできたのかかなり濡れて服の色が変化している人もいる。けれどオレたちほどずぶ濡れになっている者はなく、まるでシャワーでも浴びたかのように髪から滴り落ちるしずくを隣に立っている中年女性が気の毒そうに眺めてきた。 「タオルも、今さらかな」 タイガはリュックから取り出したスポーツタオルを迷わずオレに手渡した。服は拭いても今さらな気がしたが、髪は拭う価値がありそうだ。 「タイガが先に拭けよ」 オレがタオルを突っ返すと、それでもタイガは「オレはこうすりゃいいし」と言って顔を上げ、短い髪を手のひらで額から掻き上げた。 「だからタツヤが使えって……ああ、ほら、こんなに濡れてんじゃねーか」 そう言ってタイガはタオルでオレの髪をがしがしと拭き始めた。 「ちょっと待てよ、タイガ…っ」 そりゃあお前の方がかなり背が高い。人の頭も拭きやすいことだろう。 「溺愛し過ぎだ」 きょとんと見下ろしてくる素直な瞳に、ああ知らないのか、と納得させられる。これで少しは兄の面目を保てそうだ。オレはくす、と笑った。 「溺れるに愛、って書くんだよ」 ひどく驚いた顔を見せたかと思うと、タイガの顔はボンと赤く染まった。「あ、いや、それは……」と、何だかしどろもどろになって、オレの顔を見たり、視線を泳がせたりと忙しない。どうやら親兄弟はもちろん飼い主とペットという間柄にまで通じる『溺愛』という言葉の意味をかなり過剰に解釈してしまったらしい。オレは可笑しくなって、顔を俯かせてくつくつと笑いを堪えた。 「な、なんだよ笑うなよ……い、いいだろ?デキアイ、したって……」 オレが心からの笑顔を向けると、タイガも照れ臭そうに笑った。
楽しくて。楽しくて。楽しかった。 何も知らないお前にバスケを一から教えた時も。 そしてあの頃からずっと。 なぁ、タイガ。
「少し寒いな」 暗に近場の自宅マンションへ帰ろうと誘うタイガをオレはじっと見上げた。 「一緒に入って、あたためてくれよ」 目を見開いたお前の顔は再び真っ赤に染まったけれど。 「お、おう」 と答えた声がひどく力強くて、何だかこっちが照れ臭くなった。
「一気に行くぞ」 オレたちは、勢いよく走り出した。
終わり |