涙/雨





師の前で、なぜ自分ではなくアイツなのかと情けなく泣いたあの日も、雨だった。
仲違いしたまま別れ、数年ぶりに再会したあの日も、突然の雨に打たれた。
雨はべつに好きでも嫌いでもなかったけれど、傘を忘れてこの身が濡れたりした時に、ぼんやりとあの日の記憶が、醜い自分の姿が脳裏に蘇った。

あれからもずっと、ひたすらに、オレは弛まぬ努力を続け、お前に勝つことだけを望んできた。
新しい仲間を得て、満を持して挑んだオレは、それでもお前に勝つことができなかった。
けれど自分でも驚くほどに、オレの心は晴れやかだった。オレは、泣かなかった。新しい仲間の流した涙が、オレの心を洗い流してくれたような気がした。
オレはお前に勝つことよりも、もっと、大切なものを見つけた。




だからといって、今もまだ、勝負を諦めたわけじゃない。

「まだだタイガ、もう1回!!」
「でも見ろよタツヤ、急に暗くなって来たぞ。これ絶対雨降るって!!」
「お前は雨くらいで勝負を投げるのか!?」
「投げてねーって、雨が降る前に帰ろうぜって言ってるだけだろ?」
「そんなものは降ってから考えればいい」
「っとにアンタは……ってホラみろ!降ってきちまった!!!」
「っうわ……っ!何だこの雨、すごいな!!」

突然降り出した激しい雨に、オレたちは一瞬にしてずぶ濡れになった。

「とにかくタツヤ、どこか移動しよう」
「あそこはどうだ?雨宿りしてる人がいる」
「おう!」

ストバスコートから走って辿り着いたビルの1階に入っている雑貨店の軒下には、すでに雨宿りをしている人たちがいた。通りすがりだったのかほとんど濡れていない人もいれば、駆け込んできたのかかなり濡れて服の色が変化している人もいる。けれどオレたちほどずぶ濡れになっている者はなく、まるでシャワーでも浴びたかのように髪から滴り落ちるしずくを隣に立っている中年女性が気の毒そうに眺めてきた。

「タオルも、今さらかな」

タイガはリュックから取り出したスポーツタオルを迷わずオレに手渡した。服は拭いても今さらな気がしたが、髪は拭う価値がありそうだ。
けれど。

「タイガが先に拭けよ」
「いや、でも」
「早く」

オレがタオルを突っ返すと、それでもタイガは「オレはこうすりゃいいし」と言って顔を上げ、短い髪を手のひらで額から掻き上げた。
と、その拍子にタイガの隣に立つ初老の男性に水滴が飛んでしまい、気付いたタイガが「すんません!すんません!」と何度も頭を下げる。男性は手のひらをこちらに向けて、大丈夫だよと言いながら苦笑した。「何やってるんだ」と少し呆れ顔を見せながら、オレも迷惑を掛けてしまった男性に向けて軽く頭を下げた。

「だからタツヤが使えって……ああ、ほら、こんなに濡れてんじゃねーか」

そう言ってタイガはタオルでオレの髪をがしがしと拭き始めた。

「ちょっと待てよ、タイガ…っ」
「え?どうした?」

そりゃあお前の方がかなり背が高い。人の頭も拭きやすいことだろう。
何年かの仲違いがあって、それに決着がついて、以前も今もお互いに『証』を大切に身に着けるオレたちは、兄弟の契りを復活させた。
それでも、これはいくら何でも――。

「溺愛し過ぎだ」
「??デキアイ?……って、なんだ?」

きょとんと見下ろしてくる素直な瞳に、ああ知らないのか、と納得させられる。これで少しは兄の面目を保てそうだ。オレはくす、と笑った。

「溺れるに愛、って書くんだよ」
「溺れるに……愛?」
「溺れるくらいオレのこと愛してる、ってこと」
「え……ええっ!!??」

ひどく驚いた顔を見せたかと思うと、タイガの顔はボンと赤く染まった。「あ、いや、それは……」と、何だかしどろもどろになって、オレの顔を見たり、視線を泳がせたりと忙しない。どうやら親兄弟はもちろん飼い主とペットという間柄にまで通じる『溺愛』という言葉の意味をかなり過剰に解釈してしまったらしい。オレは可笑しくなって、顔を俯かせてくつくつと笑いを堪えた。

「な、なんだよ笑うなよ……い、いいだろ?デキアイ、したって……」
「ああもちろんだ。すごく、嬉しいよ」

オレが心からの笑顔を向けると、タイガも照れ臭そうに笑った。





楽しくて。楽しくて。楽しかった。

何も知らないお前にバスケを一から教えた時も。
瞬く間に吸収して行くお前を誇らしげに見守った時も。
何十回と勝負して、それでもなかなか決着がつかなかった時も。
あの頃のオレは、お前とバスケをすることが楽しかった。

そしてあの頃からずっと。
オレが、お前に出会ったことで知った嫉妬や羨望や屈辱という感情に苛まれている間もずっと。
今の今まで、何も変わることなくずっと。
お前はただ、オレとバスケをすることがただ、楽しかったんだな。

なぁ、タイガ。
オレはまた、心の底からお前とのバスケを楽しんでいるよ。



「少し寒いな」
「雨で体が冷えてしまったみたいだな」
「これ、このまま止むの待ってるより走って帰って風呂に入った方がよくないか?」

暗に近場の自宅マンションへ帰ろうと誘うタイガをオレはじっと見上げた。
「な?」と同意を求めてくるお前の邪心のない目を見たらちょっとした悪戯心が湧いてきたので、少し背伸びをして、耳元で囁いてやる。

「一緒に入って、あたためてくれよ」
「!?」

目を見開いたお前の顔は再び真っ赤に染まったけれど。

「お、おう」

と答えた声がひどく力強くて、何だかこっちが照れ臭くなった。




「一気に行くぞ」
「OK」

オレたちは、勢いよく走り出した。
雨はまだ、降り続いている。
だけどオレは、こんな雨が、嫌いじゃない。





終わり

 

 

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