| お題 「花火」
夕食後、部屋に戻ろうと寮の廊下を歩いていると、ポンと背中を叩かれた。 「花火しないか?アツシ」 「はぁ?」 唐突にそんな誘いを掛けてきたひとつ年上の先輩は、そう言ってにっこりと笑い、手にした袋を目前に翳す。 「イヤだよ室ちん、やんなら一人でやれば〜?」 「一人じゃ寂しいだろう?」 「何でオレなの、ってか何で花火なんかあんの?買ったの?」 「いや、女バスの子たちがさ、花火好きかって聞いてきたから好きだよ、って答えたら、合宿で遊んだ時のが残ったから寮で遊んで、って言ってくれたんだ」 「はぁ、そう……」 「ほら見ろよ、10本くらい残ってるぞ」 「うん、そうだね……」 「何だよ、つれないなぁ」 差し出された袋の中には確かにまだそこそこ遊べる数の花火が残っている。ていうか、敬語じゃないからたぶん室ちんと同学年の女バスの先輩なんだろうけど、好き?って聞かれて好きだよ、って答えた時のその人たちの反応見なかったの?って聞きたい。いやオレだって見たわけじゃないけど、見なくてもわかる。大体あんたは自分がイケメンだの美形だのと称されていて、学校でいちばんモテる男だってことをその綺麗な髪の毛の一本分くらいは自覚した方がいいと思う。それなのに当の室ちんはバスケと、バスケの周囲にしか興味を示さない。バスケの周囲っていうのは例えば、同じ男バス部員であるオレ、とか。だからこの花火をオレのところに持ってきた理由も何となくわかる。どうせ他の男バス部員に断られたとか、そんなところだろう。それに、大体、花火だなんて。 「どうせ劉ちんあたりに断られたんでしょ?オレだってやだよめんどくさい」 「劉?何の話だ?」 「え、違うの?」 「だから何の話だ?オレはアツシとやりたくて―――」 「え?」 「え、あ、まぁとにかく花火しよう、アツシ!」 「何なのもう、じゃあオレ見てるから室ちん一人でやんなよ」 「見てるだけなんておかしなヤツだな……あ、もしかして、子供っぽいと思われるからか?」 「ちげーし!!うわ何マジめんどい、オレやっぱ風呂入っていい?」 「ウソだよウソ、悪かった!だから早く、外に行こう」 ハハ、と笑って室ちんはオレの背中をポンポンと何度も叩いた。軽い手の感触が何だかやけに熱く感じる。オレも女バスの先輩と大して変わらない。自分が真っ先に誘われたかもしれないっていうだけで、少し嬉しくなってるだなんて。「しょーがないなぁ」なんて気のない返事をしたけれど、胸がドクンと大きく鳴った。
寮監室でライターを借りて、二人で寮の庭に出た。寮監さんからくれぐれも火の始末を怠らないようにと注意を受けて、たった10本の花火のためにバケツいっぱいの水を用意する。 花火の袋の中にはろうそくも入っていて、でもこれどうすればいいんだ?って室ちんが首を傾げるので、オレはライターでろうそくに火を点けて、少し大きめの石の上に火で溶かしたろうを垂らしてそこにろうそくを立てた。たったそれだけのことなのに室ちんは「アツシはすごいな!」って大袈裟に感動してる。いやもしかしたら大袈裟じゃなくて、本気で感動しているのかもしれない。 オレは親だけじゃなく兄ちゃんや姉ちゃんを見ていろんなことを覚えて育って来たけれど、室ちんは一人っ子だっていうし、本気でバスケしかしてなかったんじゃないかと思うくらいに案外とオレにとっては普通のことを知らなかったりする。それは室ちんが去年までアメリカにいた所為もあるのかもしれないと思って、そんな時オレは貶すことも笑うこともしない。そうすると室ちんは素直に感動してオレを褒めるから、いつもすごくくすぐったい気持ちになる。それは5人もいる兄弟の中で自分だけが母さんに褒められた時みたいな、独占欲みたいな感情と少し似ていてオレはその度に困惑した。だって幼いから気付かなかったその感情が快感だったってことに、今はちゃんと、気付いているから。 「こうすればろうそくは倒れないんだな」 「うんそうだよ〜。ホラ、ろうそく無くならないうちにさっさとやっちゃいなよ」 「アツシもやるだろ?」 「オレは見てるって言ったじゃん〜」 「何だよつまらないなぁ」 室ちんは袋から花火を2本取り出して両手に持ち、先端に交互に火を点けた。赤い火と緑の火がシューッ!!と吹き出すだけの単調なそれに変化を加えようと思ってるのか、室ちんが花火を持った両手をくるくる回すと、暗闇の中に赤と緑の綺麗な円が描かれた。「楽しいぞアツシ」と本当に楽しげな笑顔を向ける室ちんに「それはよかったね」と素っ気なく答えて、子供みたいに無邪気に遊ぶ室ちんの姿を眺めながら、オレは何とは無しにそっと眉を顰めた。 「なぁアツシ、本当にやらなくていいのか?」 室ちんがそう聞いてきた時、残りの花火はあと2本になっていた。「うん、いい」と答えたオレは、ホッと息を吐く。あと2本、どうぞさっさと終わらせちゃってよと思う。 最後の2本は同じ種類で、そのうちの1本を室ちんがろうそくの火に近付けた。湿気ているのかすぐには点火せずに、ほんの少しの間が生じる。二人で見守る中、沈黙する先端から突然シューッ!!と勢いよく火が吹き出して、オレの肩はビクッと大きく揺れた。勢いはすぐにおさまって、今度はそこからパチパチと金色の火花が散り始める。 「うわっ、結構すごいなこれ」 「そ、そうだね……」 線香花火の大きい版、みたいな柄の先端で跳ねる火花は存外に大きくて、パチパチと跳ねる火花の端っこが室ちんの手に掛かってしまわないかとすごく心配になってしまう。 「む、室ちん大丈夫?熱くないの?」 「ん?全然平気だよ、ほら」 そう言って室ちんがくるりと向けた花火はオレには全然届かない距離だったけど、オレは心底驚いて、「ひゃあっ!!」と奇妙な声を上げてその場から大きく飛び退いてしまった。「え?」という顔をして室ちんがオレを見上げてくる。もうダメだ。平気な振りをしてきたけど、バレてしまったかもしれない。 「アツシ……」 「……何?」 「もしかして、花火が怖いのか?」 「は?んなわけねーし!」 「そうか?うん、それならいいけど」 「……」 本当は、花火なんて嫌いだ。ドーンと上がる大きな花火は綺麗だと思うけれど、自分の手で持つ花火は嫌いだし、ほとんどやったことがない。なぜならまだ幼かった頃、すぐ上の兄ちゃんがやってた花火に手を出して小さな火傷を負ってしまったからだ。 幼稚園ぐらいだったと思う。たぶん室ちんが今やってるこんな花火だった。パチパチと綺麗なそれはおよそ火が点いてる風には見えなくて、何だか掴めるような気がして手を伸ばして握ったら、それは熱かった。火傷と言えるほどの火傷ではなくて痕もまったく残っていないけれど、熱くないと思って触れたものが熱かった衝撃だけは、今も鮮明に残ってる。だからオレは、高校2年になった今でさえ、花火が、火花が、少しだけ怖いのだ。 室ちんは最後の1本を取り出している。これでやっと、恐怖から解放されると思っていたのに。 「最後の1本くらい一緒にやろう」 室ちんはオレの手に無理矢理それを持たせると、なぜだかオレの後ろに回った。後ろからオレの腰に両腕を回して、前で花火を持とうとしてる。一緒にって、そういうこと?この人のやることは、時々突拍子もなくて予測ができない。 「うーん、やっぱりアツシの体は大きいな。腕がちゃんと回らない」 「や、あんたちょっとバカでしょ?こーゆーのは親が子供と、とか小さくて華奢な彼女と、とかじゃない!?」 「あ、そうか、じゃあアツシが後ろに来ればいいんだな!」 「はぁ!!!???」 いやいや待って、ちょっと待って。何をどうするとそういう結論になるのだろう。室ちんはオレの子供じゃないし、ましてや彼女でもないのだけれど、名案だとばかりにオレの前にやって来て、するりとオレの腕の中におさまった。オレが持たされている花火の柄に、室ちんも手を添える。 「一緒に持てば怖くないぞ」 「だから怖いとかねーし!!」 「あ、ほら早くしないと、ろうそくの火が消えてしまう!」 「え、あ、もう何なの〜〜!!」 室ちんはオレの手を上から握って、ろうそくに向かって身を屈めた。握られた手を引っ張られたオレは、室ちんの背後から覆い被さるような格好だ。何だこれ、何で今、オレは室ちんとこんなに密着しているんだろう。花火に火が点いたらしく、シュッと音がしたけれど、前で室ちんが持ってくれているから怖いとは感じない。というか、室ちんを後ろから抱きしめるような今のこの状態の方が、自分が花火をしているという事実よりもよほど衝撃的だ。 「ほら、怖くないだろう?」 「う、うん……って、だからべつに怖くないって言ってんじゃん!!」 「じゃあ、最後の1本ぐらい付き合ってくれないか?」 オレの腕の中で、室ちんが振り向いて笑う。その笑顔に、心臓も、脳も、びっくりしたけどあそこも、びくんと動いた気がして、オレは何だか恥ずかしくなって、衝動的に室ちんの肩に顔を埋めた。室ちんは何も言わなかった。顔を埋めたオレには花火なんか見えなくて、パチパチと大きな火花がどれくらいオレの手に近かったかなんてわからない。オレのこめかみは室ちんの首筋に触れていて、ものすごくドキドキしてきて、息苦しさを吐き出すようにそこにこめかみを擦り付けたら、「くすぐったいよ」と言って室ちんは肩を竦めてしまった。 「終わったよ、アツシ」 「あ、うん」 最後の1本を室ちんがバケツに向けて放った。自由になった手と腕で、オレは室ちんを後ろからぎゅっと抱きしめてみる。 「あのさ、」 「うん?」 「オレ、花火平気だから」 「……え?」 あんな状況だったから、平気かどうかなんてわからない。室ちんのことが気になって、花火なんて見ていなかったのだから。 「また、一緒にやろうな」 と答えて、室ちんはやさしく笑った。 その笑顔は、オレの胸の奥で燻る室ちんへの小さな想いを少しだけ許容してくれているような気がした。
終 |