高校男子





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玄関のドアを開けるとそこには、2ヶ月前に卒業した高校の一年後輩が立っていた。



2階建て6世帯の木造アパート。3畳のキッチンに6畳ひと間というのは少々手狭ではあるが、大学に進学しても相変わらずバスケを続け、バイトもままならない身ではいたしかたない。一つだけ難があるとすれば、身長2メートルの体は日本製のユニットバスには到底収まらず、毎日シャワーのみで済ませなければならないことだろうか。

「どうしたんじゃ、突然」

岡村は、自分もほんの2ヶ月前まで着ていた制服を身に着けた後輩・氷室辰也を見下ろした。彼が生活している学校の寮からこのアパートまで、同じ東北とはいえ2時間はかかる。しかもすでに夕飯もシャワーも済ませ、あとは寝るだけ、という時間帯だ。

「すみません、来ちゃいました」

「・・・は?」

岡村は思わず聞き返した。首を傾げて照れ笑いをしているこの男は、果たしてこんなキャラだったろうか。いや、一部の人間に対してはそういう面も見せていたようだが、少なくとも部活の先輩に対してこんな甘ったれた態度を取る男ではなかったはずだ。特に親しくしていた覚えはないが、バスケ部の元主将と現主将というよしみはある。部活で何か、あったのだろうか。

「まぁ、いい。とにかく入れ」

「ありがとうございます」

深々と頭を下げるその姿は、いつもの礼儀正しい氷室だった。失礼します、と言いながら靴を脱いだ氷室は、上がってすぐのキッチンをキョロキョロと見回した。なんじゃい、と尋ねると、いえ何だかすごく不思議な気分です、と言って微笑んだ。

「とりあえず座れ」

キッチンの床には1畳分ほどの大きさのラグが敷いてあり、その上にローテーブルが置いてある。6畳間はベッド以外に座るスペースがないので、食事はここで取っている。岡村はその場所を顎をしゃくって示した。はいと返事をした氷室はその場に座ったが、正座をして畏まる姿に岡村は思わず愛想を崩す。そんなに畏まらんでもええぞ、と言って笑うと、氷室も正座をしたまま岡村を見上げ、照れ臭そうに笑った。その笑顔に一瞬ドキッとして、岡村は胸を押さえた。鼓動が早いような気がするが、きっと気のせいに違いない。見上げたまま、どうしました?と尋ねてきた氷室に、いや・・と曖昧な声を返し、岡村もテーブルを挟んだ向かい側に腰を下ろした。

「メシは?」

「食べてきました」

「風呂は?」

「入ってきました」

「ほんじゃあ・・」

何しに来たんじゃい、と聞くのはあんまりだろうか。もちろんご飯を食べに来たわけでも風呂に入りに来たわけでもないのはわかっている。だからこそその理由を聞きたいのだ。

「部活で何かあったんか?」

「いえ、それなりに苦労はありますけど順調です。今は新レギュラーの選出に監督や劉と頭を悩ませていますよ」

「ほう・・・」

順調です、という言葉を聞いたとき、少しだけ寂しい気がした。元主将の自分がいなくても、後輩たちは当たり前のようにバスケに明け暮れて、上を目指している。自分たちの代に成し遂げられなかったことをこいつらならやってのけるかもしれないが、もしそうなったときにはきっと、大きな喜びと同時にほんの少しの羨ましさが混じることだろう。岡村は複雑な面持ちで氷室の話を聞いた。

ひとしきり部活やバスケの話をしていると、いよいよ今日寮に帰るのに間に合う最遅の電車の時刻が迫っていた。駅まではそう時間はかからないが、如何せん氷室には少しも帰ろうとする気配がない。

「氷室お前・・・」

「はい?」

「本当に何しに来たんじゃ?」

その問いに、氷室はここに来て初めて顔を歪めたが、またすぐに穏やかな表情へと戻り、口を開いた。

「今晩ここに・・泊めてもらえませんか?」

唐突にそう切り出した氷室は、どこかしら意味ありげな含み笑いを浮かべた。

岡村は訝しげに氷室の顔を見つめる。

「寮の方は大丈夫なんか?外泊届けが必要じゃろ」

「大丈夫です」

大丈夫、とは?それはすでに届けを出してあるということだろうか。ということは最初から泊まるつもりでやって来たのだろうか。そもそも自分が留守にしていたらどうするつもりだったのだろう。そのときは他を当たるつもりだったのだろうか。どれもこれも、わからないことだらけだ。

「部活は?明日は学校休みでも部活はあるじゃろ」

「この時期はテスト前ですよ。もう忘れちゃいましたか?」

まただ。
ここに現れたときと同じ、甘えるような微笑み。理由もなく、ゾクリと体が震える。

「そういうことじゃったら泊まるのはべつに構わんが、客用の布団なんぞありゃせんぞ」

「オレは構いませんよ、岡村さんのベッドでも」

「はぁ!?何じゃお前、先輩のベッド占領してワシに床で寝ろ言うんか!?」

「違いますよ」

氷室は慌てて、けれど笑いながら手をひらひらと左右に振った。

「じゃったら――」

「一緒に・・寝ましょう?」

「・・・・・?」

声もなく、唖然として口を開けるしかなかった。
何かがおかしいと思った。








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