1ROUND
浴槽の湯は、自動で止まっていた。
大きな大きな浴槽の淵には、入浴剤が2種類と、真空パックされたボディスポンジが2種類置いてあった。氷室がとりあえず入浴剤をひとつ入れると、浴槽の湯の一部が青紫色に染まった。ざっとシャワーで体を流し浴槽に浸かる。そこはアパートの狭い風呂とは別次元の、まるで天国のようだった。だって、肩まで浸かっても足を真っ直ぐに伸ばせるのだ。
「マジ広いな」
後から入って来た火神も氷室と同様にシャワーで体を流し、氷室と向かい側に浸かって足を伸ばした。こんな風に足を伸ばして湯に浸かるのは、大学の合宿で大浴場に入ったとき以来だ。「はぁ〜」と、火神は満足げな息を吐く。
「二人でこんなゆったりと風呂入れんなら、たまにはラブホもいいな」
「うん・・でもここ、温泉じゃないんだからさ・・」
氷室は寄り掛かっていた体を起こし、スイ、と泳ぐようにして向かいの火神の元へとやって来た。火神の首に腕を回してしがみ付き、足を伸ばして座る火神に跨るように、浴槽の底に膝を立てる。
「誰も見てないし、何してもいいんだよ・・タイガ」
何してもいい、という言葉と、意図して見下ろしてくる氷室の眼差しに、火神の体の中心が即座に反応を示した。「あ、勃った」と、面白おかしそうに氷室が笑う。「うるせ」とひと言零し、火神は目の前にある氷室の乳首に少し乱暴にしゃぶり付いた。突然の衝撃に「うわっ」と声を上げて体を引こうとした氷室の背を抱いて引き寄せて、火神はその抵抗を阻む。突起を舌と唇で弄りながら氷室の下半身に手を伸ばすと、形を作り始めたペニスに手が触れた。火神はそれをやさしく握り、扱き始める。
「は・・ぁ・・っ」
胸への愛撫を施されながら、熱めの湯の中で扱かれた氷室のペニスは瞬く間に大きさと硬さを増していく。
「ダメだ、タイガ・・・」
「イきそうか?ずいぶん早いな」
「・・・・うるさいな」
「いいよ、いけよ」
「ヤダ」
「え、何で?」
「だって湯船の中に出すなんて・・」
「べつに気にすることないだろ?」
「何か、屈辱的だ」
「・・・・・・」
何してもいいって言ったじゃないか、という不満はなかった。もっといやらしいことも、もっと嫌がることもしてみたい、という願望は常に抱いているのだが、そんな欲をセーブできるのは、きっと氷室が自分と同じ男だからだろう、と思う。氷室が、或いは自分が根っからの同性愛者であったならまた考え方も違ったのかもしれないが、そうではない。自分が彼を変えたし、自分も氷室に変えられた。やがて結ばれることになったとき、どちらが女役をするのか、話し合って決めたわけじゃない。氷室が折れて受け身に回ってくれたわけでもない。それは、自然の成り行きだったはずだ。それでも彼は確かに男で、普段は男らし過ぎるくらいの気質で、そんな彼の気持ちは、心の奥は、受け身になった経験のない自分にはたぶん一生わからない。ただ、幾度も体を重ねていくうちに、氷室が本気で嫌がっているときの声色や態度は何となくわかるようになっていた。
「了解」
火神は扱いていた手を離すと、氷室の両脇に手を入れて抱えながら浴槽から立ち上がらせた。互いのペニスは重力に逆らうように上を向き、早くどうにかしたいと主張し合っているかのようだ。久しぶりに目にした互いの昂りに少しの照れ臭さを感じながら、二人は浴槽から上がった。
「洗ってあげるよ、タイガ」
隅っこにあった風呂用の椅子を水栓の前に置いて、氷室は火神に椅子に座るよう促した。火神のマンションで一緒に風呂に入ることもあったが、体の大きな二人がこんなにゆったりと座って洗い合えることはない。火神は素直に椅子に腰掛けた。先に髪を洗ってもらい、それから氷室は浴槽の淵にあるボディスポンジの袋を開けた。それは花のような形のふわふわしたスポンジで、泡がよく立つ種類のものだ。少し濡らし、備え付けのボディソープを垂らして手で揉めば、モコモコと大きな泡が立ちあがった。「どこからがいい?」という問いは何かを期待していたのか、「え、じゃあ首から?」と答えると「フツー過ぎて面白みがないな」と不満げに返しながらも氷室は素直に火神の首から洗い始めた。
首・両腕・背中と、丁寧とは言い難い適当さで洗われて、火神の体が泡に塗れていく。勃ったまま、まだ治まりきっていないものが火神の背中に当たらないようにと少し腰を引いていたが、胸を洗うために立膝をつき、後ろから腕を回したときに、それが火神の腰に当たってしまった。火神の体はピクリと動いたが、特に何も言ってくる様子はない。氷室はそのまま後ろから抱き付くようにして、火神の胸を洗う。悪戯に乳首のあたりをしつこく擦ると、「何遊んでんだよ」とスポンジを持つ手を掴まれたので、もう一方の手の指先で反対の胸を撫でてやったら、「うぉわ・・っ」という何だかよくわからない声が上がって大きく体が揺れた。
「何すんだよっ」
「え?たまにはいいだろう?」
「よかねーよ!」
「いつもオレばっかり攻められるのは不公平だよ」
「そーいうアレじゃ・・って、ひぁ・・っ!!!」
抗議する火神の胸の突起を氷室は指先で軽く摘まんだ。摘まんだままくりくりと指先を動かされ、火神の体にぞわっという怖気のような何かが走る。実際には快感なのかもしれないが、あまりにも慣れない感覚が耐え難かった。
「いやもうホント・・マジで・・っ」
「えー、気持ち良くないか?」
「っていうか・・」
「見ろっ!!」と大声を上げながら、火神は腕を振り上げた。何を見るのかと、氷室が首を傾げる。
「鳥肌だよ、鳥肌!!なんかこう、ぞぞぞーってなったわ!!」
そう言って腕の泡を除けると、確かにものすごくはっきりとした鳥肌が立っていた。
「快感でも鳥肌って立つんだぞ?」
「そうかもしんねーけどコレはちげーから!!頼むよ・・勘弁してくれ・・」
自分と違って火神がこんなことで本気で怒ることがないのはわかっているが、だからこそ少し気の毒になったので、氷室は火神の胸への愛撫を止めた。ひとつ年下のこの恋人は、ちょっぴりデリカシーに欠ける部分があるものの、実は結構大人で、本気で怒ることができないくらい繊細で、そしてとても寛大な心の持ち主だ。こんないい男を独り占めをしているだなんて、ときどき、世の女性に申し訳ない気持ちになる。
「タイガ?」
「な、何だよ・・もう無理だからな」
「 I love you... 」
「へ?」
「違うとこ洗ってあげるよ」
「え?あ、ああ・・」
この状況での突然の愛の囁きに、火神の頭には”?”がいくつも並んだ。氷室はくす、と小さく笑って、後ろから腕を回す体勢のまま、スポンジを持つ手を火神の下半身へと滑らせる。陰毛と半勃ちのペニスを泡が覆っていく。ふわふわのスポンジでその周辺をやさしく撫でて洗ううちに、半勃ちだったものが大きさを増していることに気付く。氷室はスポンジの泡を手に付けて、直に触れて洗い始めた。
大きく硬くなったそれを氷室は右手で握って根元から扱くようにして丁寧に洗う。左手も前に回してその下にある陰嚢をやさしく包むように洗い始めると、火神の口から、ふ、という声が洩れ、握ったペニスがより硬さを増すのがわかった。もうすぐこれが自分の中に入ってくる。そう考えたのと同時に氷室の体はぞくりと震え、中心がビクンと大きく反応してしまった。背中にはっきりと氷室の昂りがぶつかったのがわかる。火神は氷室の手首を掴み、洗う手の動きを止めた。
「・・どう、した?」
「ワリィ・・オレもう我慢できねぇ」
「え、と・・じゃあオレもすぐ洗って出るから、先に上がって―――」
「だから、我慢できねぇって」
火神は振り返りながら立ち上がり、腕を引き上げて氷室も立ち上がらせた。正面から抱きしめれば、互いのものがぶつかり合う。火神はそれを押し付けながら、両手で氷室の尻を掴んで割った。
「ちょ・・っと、待てよタイガ・・こ、ここで?」
「ダメか?」
「ダメっていうか、まだ何も準備してないし・・まだ・・・中も洗って・・・」
「オレが洗ってやる」
火神は落ちているスポンジを拾い上げた。シャワーを出してあらためてスポンジを濡らし、性急にボディソープのポンプを何度も押して掛け、再び氷室を正面から抱きしめて、尻の割れ目にそれを当てる。
「い、いいよそんなの、自分でやるから・・っ」
氷室の抵抗を遮って、火神はゆっくりとスポンジを動かし割れ目を擦り始めた。氷室は観念したのか、火神の肩に額を当てて、両腕を背中に回した。スポンジを持っていない方の手の指を一本、窄まった箇所に挿入させようとしたがガードが固く、指が弾かれる。力抜いてくれ、と火神が氷室の髪を撫でると、だって久しぶりすぎて・・という声が肩口から聞こえた。当たり前のことだとわかっていても、氷室が自分だけのものだという事実に他ならぬ答えに愛しさが増す。
火神は一度体を離し、ボディソープを直に指先に垂らした。立って待つ氷室をふと見上げれば、彼自身も早く何とかして欲しいと思っているのが有り有りとわかる表情で、その切なげに見下ろす視線は火神の情欲をさらに掻き立てる。
「I love you...タツヤ」
さっきのお返しというわけではないが、耳元にそうひと言囁いてから頬にキスを落とし、再び肩に顔を埋めてきた氷室の髪を何度も撫でながら、さっき侵入を拒まれた場所に指を当て、ゆっくりと押し進める。
「・・んっ・・」
「だから力入れんなって」
「うん・・」
火神の長い指先が、徐々に埋まっていく。中指一本が入ったところで、火神は中で指を動かし始めた。痛いか?という問いに、氷室は答えず無言で首を横に振る。痛くはないが、それよりも汚くないか、という思いがあって聞こうかどうしようか少し考えたけれど、答えはたぶん決まっていて、それが杞憂であることが分かるだけだと思ったので、氷室はただ、何度も首を横に振った。息しろよ?という声とともに、2本目の指が挿入される。久しぶりであった感覚をいくらか思い出し、少し緊張感の解れたそこに、さっきよりも容易く火神の人差し指が入った。2本の指を蠢かし、ときに壁を掻くように擦ると、氷室の口から声が洩れ出した。火神は出しっ放しのシャワーヘッドを拾い、氷室の尻に湯を掛けながら、ゆっくりと指を出し入れする。ぶつかり合うペニスは上を向き、互いの下腹部を突いてくる。
もう、限界だ。
「タツヤ、向こう向いて」
そっと体を離し、火神は氷室に浴室の壁に両手を付くよう促した。氷室は言われたとおりに壁に手を付いたが、顔を半分振り返らせて、不安げに火神を見上げる。
「ナマで・・するのか?」
「部屋行って取って来るか?」
「いや、いい・・けど、中出しはダメだからな」
「・・・・努力する」
火神の答えにふっと苦笑した氷室の肩が揺れる。火神はボディソープを自身のペニスに塗りたくり、背を向けた氷室の尻を割ってそれを宛がい、ゆっくりと腰を進めた。
「・・んっ・・」
「痛かったら言ってくれ」
「だい、たい・・デカすぎなんだよ」
「悪い・・・」
「バカ・・褒めてるって気付けよな」
顔を歪めながらも氷室は気丈に笑う。どうして自分が女役を受け入れたのかといえば、火神をどうにかしたいという思いよりも、火神にどうにかされたいという思いの方が強かった。それだけのことだ。これは自分で望んだこと。火神がどう思っているのかは定かでないが、だから、火神が気を咎める必要はないのだ。
「動いていいぞ、タイガ・・」
崩れ落ちないように、氷室が手足に力を込める。
火神は腰を動かし始めた。
「やっべぇ・・」
ゴム越しとは明らかに違う、生肌の感触。火神はそれを味わうようにゆっくりと出し入れを繰り返す。氷室もいつもと違う壁に纏わりつくような感触と、はっきりとわかる火神の形と大きさを感じとり、それは火神のゆっくりとした動きが焦れったくなるほどだった。徐に火神は氷室の左手を掴んで壁から離し、その手で氷室自身のペニスを握らせた。もう少しの間ゆっくり動いててやるから、という言葉に誘われて、氷室は勃ち切った自身のものを扱き始めた。深く中に入ったときの圧迫感と、それが抜けていくときの喪失感を交互に味わいながら、氷室は自らがオーガズムを得るために手を動かす。火神は前に手を回し、両手の指先で氷室の乳首の先端を上下に擦った。
「は・・っ、ん・・っやだ・・タイガっ」
その声は到底嫌がっているとは思えず、火神は構わずに氷室を攻め立てる。ハッ、という短い声が続き、氷室の手の動きが早くなる。今はただ、早く達したい。夢中で扱いていた氷室の手の動きが一瞬止まった。
「ん・・っぅ・・」
放たれた精液は浴室の壁に飛び散り、白いタイルを伝って点々と流れ落ちた。氷室の体がガクッと揺れる。火神はその体を咄嗟に抱えた。
「立ったまま、できるか?」
「う・・ん・・、わからない」
「じゃあ―――」
火神は抱えた氷室の体を引いて、繋がったままゆっくりと四つん這いにさせた。足に力が入らないのならこの体勢の方が楽だと思ったからだ。もうずっと我慢してきた。男役をするからには相手を満足させなくては、という思いがないわけではないのだが。
「もういいよな、タツヤ・・・」
火神は興奮のままに、氷室に腰を打ち付けた。
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