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う〜〜ん・・・。

氷室はいったいどういうつもりで黒子を無視したのだろう。
皆で腕組みをして頭を捻っているところに、まさに当の本人がリビングから廊下に出てきた。廊下の端と端で距離はあったが、素っ裸なのは見て取れる。氷室は誠凛メンバーの存在に気が付くとサッとリビングへと戻って行ったが、またすぐにひょっこりとドアから顔を覗かせた。

「誠凛さーん、今日は監督さんは?」

こちらに聞こえるようにか、少し大きな声で、氷室が尋ねてきた。

「今はいないけど後から来るよ」

少し間が空いた後、木吉が代表して答える。氷室は後ろを振り返り、中にいるであろう火神に向かって何かを言った。監督さんいないって、という声が何となく聞き取れた。それから氷室は、徐々にこちらへ近付いてきた。腹のあたりに抱えた衣服の下に、堂々と一物をぶら下げたまま。それは男として見慣れたものではあったが、今の今までソレがナニしてアレだったのかと思うと、一同に気持ちの悪い汗が噴き出してくる。氷室はそんな誠凛メンバーの様子を意に介さずに、ニッコリと微笑んだ。

「もう23分したら行っても大丈夫だと思うよ。どうぞごゆっくり」

そう言ってもう一度微笑むと、メンバーの少し手前のドアを開けて入って行った。

「ど、どうする?」

「いくらなんでも今オレたちと顔合わせたくないんじゃないか?」

「でもいつかは顔合わせなきゃだろ」

「もう学校も始まるしなー」

「実際に現場を見ちゃったのは黒子だけなんだし」

「氷室の”モノ”はたった今見ちまったけどな」

「よし、みんな、いつもどおりで行こう!」

「できっかなー」

「まぁ、努力はしてみるよ」

「しっかしマジでカントクいなくて良かった・・」

相談しているとき、ピンポーンというインターホンが鳴った。おそらくは買い物に行っている降旗たちだろう。

「あ、火神君・・・」

黒子の声に、一斉に皆が廊下の先を見た。
ドアの影から顔を出した火神が、ぺこりと頭を下げる。

「今、フリたちが上がって来るッス」

「そっち、行ってもいいか?」

大きな声で日向が尋ねると、火神はコクリと頷いた。







明かりの点いたリビングは、まだ春浅く日が落ちると寒いくらいだというのに窓が全開になっていた。寒い、と誰もが思ったが、それを言い出せる者はいなかった。

「明後日帰って来るんじゃなかったのか?」

「ちょっと予定が早まって、昨日帰国したんで・・」

「だったら黒子にでも連絡しておけよ」

「スケジュールだと、今日はオフじゃなかったんスか?」

「急に予定が変わったんだよ。秀徳と××高の練習試合があるってんで、オフだからヒマなヤツは見に行こうぜ、っていう――」

「は?秀徳!?え、なんで声かけてくんねーんだ?!知ってたらオレ、あんなことしてないで行ったのに!!」

「アメリカにいるはずのヤツに埼玉行こーぜ、なんて言うわけないだろ」

「そりゃ、そうスけど・・」

「それはオレも見たかったなぁ」

リビングのドア付近から、声が聞こえた。シャワーを浴びた氷室が戻って来たのだ。
氷室はジーンズにカットソーというシンプルな服装であったが、濡れた髪の雰囲気も相俟って、自分たちと同じ高校生とは思えない色気というか、寧ろエロス的な何かを想像させた。火神が何やらおかしな気持ちになるのもわかるような気が・・しなくもない・・ような気がする。

「知ってたらオレもタイガとあんなことしてないで、見に行きたかったよ」

火神の言葉は氷室にしっかり聞こえていたらしい。本音半分、嫌味半分で、氷室は微笑する。

「いや、タツヤ、今のは日本語間違えたっていうか・・」

「日本語間違えた?・・タイガ、日本に帰って来たの中学のときだよね?」

「あのー・・申し訳ないけど、痴話喧嘩ならオレたちが帰ってからにしてもらえるかな?」

木吉の穏やかな声に、氷室は”Sorry”というたったひと言を実に流暢な発音で言って詫びた。これもやっぱり火神に対する嫌味なのだろうか。帰国子女こえ〜、と、声に出すことなく誠凛の面々は引き攣った苦笑いをして見せる。

ピンポーン、と再びインターホンのチャイムが鳴った。3人が到着したようだ。 出迎えた火神の後についてリビングに入ってきた3人は、いつもと何か違う雰囲気に室内を見回した。火神が予定より早く帰国している、というのはついさっき黒子からのメールで知った。けれど今、この空間にはそれ以上の違和感がある。

「こんにちは、いらっしゃい」

氷室が穏やかな笑みを浮かべて3人を迎えた。雰囲気が違うのはそのせいだと3人は理解した。確かに知っている顔なのだが、違和感は拭えない。しかもその彼が”いらっしゃい”とはどういうことだろう。

「あ、そうか」

降旗は手のひらにポンと拳を叩き付けた。火神のそばに寄り、自分よりもずっと高い位置にある肩を叩いて「仲直りしたんだ?良かったな」と言いながらニッコリと笑顔を向ける。火神は「あ、ああ、まぁな」と、どこかバツが悪そうに苦笑した。

「ずいぶん時間かかったな」

「すみません、コピー機がなかなか空かなくて」

紙の束を持った河原がそれを日向に渡し、日向はそれをリビングの真ん中に置かれたローテーブルの上に無造作に置いた。いつの間にか、テーブルを囲むようにして各々が腰を下ろしている。

「火神これ、飲み物とお菓子」

福田がコンビニの袋を座っている火神に手渡そうとすると、「オレがやるよ」と言って氷室が袋を受け取った。
えーっと、この人は確か火神より1コ年上で主将たちと同学年だから…。福田は脳をフル回転させたのち、「すみません、お願いします」と言ってぺこりと頭を下げた。

「ビデオとか撮ってないのか?」

火神が隣りに座っている黒子に尋ねると、「学校の敷地内で部外者による許可のない撮影は禁止なんだそうです」という答えが返って来た。

「最近はどこも厳しいからな」

「それでスコアシートをフリたちに付けてもらったんだ」

コピーされた紙は、今日の練習試合のスコアシートとスカウティングノートのコピーだった。

「これなら試合見てないリコもすぐにわかるだろ?」

「はぁ・・なるほど・・」

確かに監督である相田はこれを見ればすぐにどんな試合だったのか読めるのかもしれない、が。

「キミたちスコアシート付けられるんだ?すごいな!」

人数分のグラスを乗せたトレイをテーブルに置いて、氷室はその場に座り込んだ。

「オレ、これの見方全然わからないんだよね」

「え、そうなんですか?」

「去年の夏に日本に来るまでストバスしかやってなかったからさ。こっちはあれか、ウチでも使ってるけどスカウティングシートってやつだろう?」

「あ、はい、そうです」

「あれ、これナンバーだけで名前書いてないけど、何となく・・緑間君かな?」

「え、わかりますか?」

「・・・オイ、タツヤ」

少し離れた場所に座っている火神が、睨むような視線を送りながら氷室を呼んだ。

「ん?」

「何ちゃっかり参加してるんだよ」

「え?ダメかい?」

「当たり前だろ!ライバル校の選手をミーティングに参加させるとか、ねーよ」

「少しくらいいいだろ?秀徳も××も関東の強豪であって、ウチとはIHまで当たるわけないんだから」

「そーいう問題じゃねぇっつーの」

「まぁまぁまぁ」

と、口を挟んだのは、日向だった。

「あー、氷室・・・・・・君?」

「同い年なんだから君はいらないよ」

「じゃあ、氷室」

「うん?」

「誠凛の主将として言わせてもらうが、今のこの雑談ならいくら参加してもらっても構わない。オレもたまには他校のヤツとバスケの話したいしな。スコアシートもスカウティングノートも大いに見てもらって結構」

「本当かい?」

「だがカントクが来てミーティングが始まったら、さすがに席を外してくれないか?例えば陽泉のミーティングにちゃっかり火神がいたら、あんたは平気だとしても他のヤツらはいい気はしないと思うがね」

「あー、うん、なるほどそうだね。アツシなんかブチ切れそうだ。OK OKそのときは席を外すよ」

その軽い口ぶりに、こいつ本当にわかってんのかと思わなくもなかったが、とりあえず話は通じたようだ。自分と同じ日本人と日本語を話しているはずなのに、なぜだか感覚にズレを感じる。同じ帰国子女でも日本に帰って来てからの年月の違いがそれなんだろうなと、日向は氷室と火神をそっと見比べた。

「おい日向〜」

誰かと携帯で話をしているらしい木吉が日向を呼んだ。

「どうした」

「リコが今駅に着いたらしいんだけど、なんか、駅前のスーパーで夕食の食材買ってくから誰か荷物持ち寄こせって言ってる」

「!!!!!!」

「カントクが!?」

「夕食・・・だと?」

誠凛メンバー全員に戦慄が走った。
数々のおぞましい記憶が今、よみがえる。

「え?何?どうしたんだい?」

「あ、いや、気にしないでくれ・・」

「えっと・・・オレが、行こうか?」

誠凛メンバーのただならぬ雰囲気に、氷室は徐に立ち上がった。

「いや、でも」と木吉は戸惑ったが、「だってオレ、部外者だし」と言いながら、氷室はふと笑って日向を見下ろした。見下ろされた日向は眉を顰め、こいつぜってー根に持つタイプだ、と心の中で呟く。

「大丈夫だよ。監督さんの顔覚えてるし、オレが行くって伝えておいてもらえれば」

「いーんじゃねーの?オイ木吉、超絶イケメンがお迎えに行くから楽しみにしとけ、とでも言っとけよ」

「超絶はさすがに照れるなぁ」

「・・・・・・・」

「あ、ああ・・リコ?超絶イケメンが迎えに行くから楽しみにしとけだって・・・え?そんなヤツいない?・・ヒドイなぁ・・」

「貸せ!」と、日向は木吉の携帯をとり上げた。

「ああカントク?マジで他校のイケメン向かわせるから。テレテレして帰って来んなよ?・・は?・・え?はぁ!?黄瀬じゃねーし!!」

自分たちはイケメンではない、という烙印を押されたようなものなのに、誠凛メンバーたちは「まさかの黄瀬!!」などと言い合ってケラケラと笑い出した。これは監督の相田がどんな顔をしてやって来るか、見ものである。

「で?メニューの予定は?・・・うん?キムチ鍋な?」

日向の声とほとんど同時に、「火神」「了解っス」という声が続く。火神はボールペンとメモ用紙を持ってきて、次々と何かを書き始めた。「じゃあ、少し待ってて」と言って日向が木吉の携帯を切った頃、火神はメモ用紙にペンを走らせていた手を止めた。

「いいかタツヤ」

「・・うん?」

火神は走り書きをしたメモ用紙を氷室の目の前に差し出した。

「必要なのは、これだけだ」

「・・うん?」

「これ以外は絶対に買ってくるなよ、いいな?」

「え、なんで?監督さんが作るんだろう?他にも必要だって言ったら?」

「そこがタツヤの腕の見せ所だ」

「??????」

「あの人の買う食材で作ったメシで、オレたちは全員、何度か意識を飛ばした」

「・・・・・・・・」

例えば死にかけた、などという言葉よりも、はるかに恐怖心を煽る言葉である。

「頼んだぞ、タツヤ」

「まかせて」

氷室は壁にかかったハンガーからブルゾンを外し袖を通すと、リビングのドアを開けて自分を送り出そうとしている火神の前で立ち止まった。「じゃ、行ってくる」と言いながら、氷室は少し背伸びをして火神に唇を寄せる。二人の間から、”チュッ”という音が確かに聞こえた。

「タ、タツヤ!!!」

「アハハ、挨拶だよ、挨拶!」

一同は唖然としてその光景を凝視したが、真っ赤な顔をした火神が振り返ると同時に其々が顔を背けたり、見なかった振りをし始めた。未だ呆然としているのは、二人の関係を知らない降旗・河原・福田の3人だ。

「あ、だから、挨拶だって、挨拶!!!」

「で、でも・・今、唇だったような・・」

「アレックスと一緒で!あいつもそういうヤツなんだって!!」

「そ、そうなんだ」

「火神って、なんかデンジャラスな生活してるんだな・・」

「あ、ああ、ホントにもう、疲れるぜ・・・」


その言葉は、心の底から本音だった。





*



「ただいま」

「遅くなってごめ〜ん♪」

どんな顔をして帰ってくるか見ものだと思っていたメンバーが見たものは、実に上機嫌な監督・相田の姿だった。

「ご機嫌だな、カントク」

「だってまさか氷室君だとは思わないじゃない?ホントにビックリしたわよ〜」

「よくお互いにわかったな」

「んー、だって超絶イケメンって言ってたし〜、それにね、聞いて聞いて」

「何だよ」

「あ、イケメン発見!と思ったら彼が駆け寄って来て、”リコさん・・ですか?”って!!!なんかもう、すごい照れちゃったな〜」

「は?!」

「何!?」

ガタッ、とテーブルに手をついて立ち上がりかけたのは、日向と木吉だ。

リコさん・・・だと!?

他のメンバーは明らかに顔色の変わった二人を見上げたが、もはや苦笑するしかない。

「おいタツヤ、いきなりファーストネームはないだろ」

スーパーの袋の中身を確認しながら、火神が氷室を諭した。

「だってさっきのみんなの会話からだとファーストネームしかわからなかったんだよ」

「相田だよ、相田カントク」

「そっか、わかった。いきなりごめんね、相田さん」

「ううん、いいのよ〜。でもやっぱり苗字の方が落ち着くわ」

「次からそう呼ばせてもらうよ」

「うん、よろしくね」

これだからイケメンは・・ってやつだろうか、この状況は。
誠凛にはいないタイプの氷室という男に、誰もが翻弄されっ放しだ。

「食材、オッケーです」

その声に、相田以外の全員がキッチンカウンターの向こうに立つ火神を見上げ、ホッと胸を撫で下ろす。相田一人が「えー、なになに?」とメンバーの顔を見回した。

「とりあえず、夕食にはまだ早いから後のお楽しみにしておいて、ミーティング先にやるわよ」

今の今までの女子の顔から一転して、相田はテーブルの上にあったスコアシートとスカウティングノートを真剣な表情で眺めた。

「まだ1年生がいないしベストメンバーじゃないのかもしれないけど、思ったより接戦だったみたいね」

そう言って紙面から視線を上げた相田は、皆の顔が自分ではなく、皆に混じって座っている氷室の方を向いていることに気付く。

「おいタツヤ、さっき言っただろ?」

「どうしたの?」

「いや、ミーティング始まったら席外せって――」

「ああ、それなら私が許可したわ」

「「「「「はぁっ!!!???」」」」」

「なに考えてんだよカントク!」

「べつにいいじゃない、この時期なんてどこもいろいろ試してみるまさに練習試合なんだし、私たちと違った視点から何か見てくれるかもしれないし」

「だからって・・」

「それに秋田の氷室君が秀徳や××と予選で当たることないんだから、カタいこと言わないの」

氷室は少し窮屈そうに身を縮こめながらも、ニッコリと微笑んでいる。

穏やかな微笑みではあるが、それはもはや、ドヤ顔にしか見えない。



このイケメン、ウチのカントクに何しやがった―――。



誠凛メンバーの誰もがそう思ったのは、言うまでもない。







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