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「青峰君、何だって?」 「ああ、さっきのスか? 掘られんじゃねーぞ、だって」 「ハハッ」 氷室の口から思わず笑いが洩れる。 「で? 黄瀬君は、どっちがいいの?」 「う〜〜ん……氷室さんが相手なら正直どっちでもいいってゆーか……」 入ってから決めるっスよ、と言うなり黄瀬は氷室の腕を掴んで引いた。 「ここっス」 レンガ色の建物に、二人は入った。狭いロビーには部屋を選択する大きなパネルがある。フロントは見当たらず、突き当たりにチケットカウンターのような窓があるが、無人のようだ。パネルに表示された三〜四部屋に明かりが点いていて、明かりの点いている部屋の写真の下にだけカードが挿してある。 「どこがいいっスか?」 「何か違いがあるのかい?」 「そうっスねー……」 選んでいるところで、突然入口の自動ドアが開いた。別のカップルが入って来たのだ。黄瀬は氷室に「エレベータ開けといて」と言い、適当な部屋のカードを引き抜いた。 「あー、ビックリした」 「まぁ有り得ることだけど、こっちは男同士だけに気まずいっスよね」 ニコッと笑った黄瀬が、コンビニ袋を持っていない方の手を差し出してきた。何?と氷室は一瞬首を傾げたが、それが催促だと気付き、躊躇いがちに手を差し出してみる。黄瀬の手が氷室の手をやさしく握った。火神以外の人間の手のぬくもりなどどれくらいぶりだろう。その手はいくらか冷えていて、けれど火神のそれよりもやわらかく滑らかな気がした。 エレベーターは四階で止まった。 「四〇二……」 廊下の案内表示を確認して、二人は四〇二号室へと手を繋いで歩く。 「ここっスね」 ドアの上の402という部屋番号が赤く点滅している。左右の部屋は点滅ではなく点灯しているので、すでに人がいるようだ。黄瀬は氷室の手を離し、いつの間にかパンツの後ろポケットに入れていたカードを取り出した。ドアノブの上のカードキーの挿入口にカードを入れるとカチャ、と音がして、ドアのロックは解除された。 「え……」 「げっ……」 二人は思わず声を出して、部屋を見上げた。 「マジっすか」 「これはちょっと……」 初めて目にする部屋の内装に、驚きと戸惑いを隠せない。なかなか足を踏み入れられないままに二人が見上げる四〇二号室は、天井が一面鏡張りの部屋だった。 「わ、わざとじゃないっスよ!! オレもここ来たのまだ二回目で、こんな部屋があるなんて知らなかったし……っ」 「わざとだなんて思わないよ」 氷室はふと苦笑した。「でもこれはなかなか恥ずかしいかもな」と呟きながら、天井を見上げる。黄瀬も「そうっスねぇ」と答え、同様に天井を見上げた。鏡には端整な顔がふたつ並び、これからこの下で行われる行為が、二人の脳裏を過ぎる。 氷室はベッドの上にコンビニの袋を無造作に放ると、自分よりも少し背の高い黄瀬を見上げ、首に腕を回してきた。黄瀬も長い腕を伸ばして手にした袋をベッドの上に置き、氷室の腰に腕を回す。どちらからともなく、ごく自然に唇は触れた。唇が交わるように深く。角度を変えては何度も、何度も。手で頬を包み、髪に指を差し入れて掻き抱いてくる氷室の貪るような激しい口付けは、何だか欧米映画の男女のようだと黄瀬は思った。
「驚いたっス。氷室さんて積極的な人なんスね」 「だって、この鏡見たら多少なりとも興奮しないかい?」 「結構エッチぃ人なんスか?」 「さぁ?」 それはどうだろう、と嘯いて、氷室は肩を竦めて笑う。 「お風呂、入るだろう?」 「あ、うん」 「お湯入れてくるよ」 と言って、氷室はバスルームへと消えた。 二人分のコンビニ袋をベッドからローテーブルに移動して、黄瀬はそう広くない部屋のソファに腰掛けた。 ひとつ年上の綺麗なお兄さん。 ヤるか、ヤられるか、ではなく。してあげてもいいし、されてもいいかなと、ぼんやりと思う。戻って来た氷室は黄瀬の隣に腰掛けた。身長一八〇センチ台の男二人が並んで座れば、大きいとは言えないソファは隙間なく埋まる。 「青峰っちと火神っちはどうしてるんスかねぇ?」 黄瀬の疑問はもっともで、このラブホテル街のどこかの部屋に、あの二人が二人きりで籠っているのだ。その光景は、考えも及ばない。 「どうする? しちゃってたら」 「いやぁ……ナイでしょさすがに」 「でもオレたちはするんだ?」 「綺麗なモノは好きなんス」 「え、オレ、物扱い?」 「あ、いや、例えっスよ」 「わかってるよ」 ふふ、と氷室が綺麗に笑う。男でこういう笑い方ができる、というか違和感がない人間は稀だと思う。女っぽいわけでも、ましてやオネエっぽいわけでもなく、彼は紛れもない男だ。しかも気質はかなり男らしい。モデル仲間の中にもそうはいない不思議な色香を放つ氷室という男に、黄瀬は興味を抱いた。 「一緒に入るっスか?」 「お風呂? うん、どっちでも」 「せっかくだから一緒に入ろ?」 立ち上がった黄瀬が氷室の手を掴む。 「そうだね」 と答え、氷室はもう一度綺麗に笑った。
部屋もあまり広くなかったが、浴室も決して広いとはいえない作りだった。二人で浴槽に浸かると、張った湯が勢いよく溢れ出した。 「意外と狭いんだな」 「こんなモンじゃないスか?」 「だってほら、黄瀬君が教えてくれたあのリゾートっぽいホテル? あそこはこの倍くらいあった気がする」 「新宿であの広さのラブホは難しいっス。金額的にはここもあそこも変わんないっスよ、たぶん」 「えぇっ、そうなのかい?」 氷室は心底驚いた風に目を丸くした。 「土地代じゃないっスか? でもここ、狭いけどキレーだし」 「鏡張りだしね」 「氷室さん、やっぱエッチぃ人だ」 「え、そうかな?」 「そうっス」 いかにも可笑しそうに、黄瀬は笑顔を見せた。現役モデルなだけあって、その顔は非常に端整で、美しい。氷室自身も周囲からイケメンだとか美形だとか称されることはあったが、氷室と黄瀬の間には太刀打ちできない何かがあった。黄瀬の顔の造作は、常に人に見られることを意識した洗練された美・そのものなのだ。けれどその中に垣間見える素の彼はとても人懐っこくて、屈託がない。言ったら気に障るかもしれないので口には出さないが、可愛いな、と思う。男に挿れたことはないけれど、彼とならできる気がする。この綺麗な顔が歪む様を見てみたい、と思ったら、体の奥がぞく、と疼いた。また、自然と顔が近付いて、唇が触れる。膝を立てて向かい合い唇を重ねるうちに、どちらからともなく抱き合えば、裸の肌と肌が触れ合った。下半身に互いの性器がぐにゃりと押し付けられる。腰を左右に動かして何度も擦り合わせると、次第にそれは硬さを帯びてくる。やがては腹を突くほどになり、互いの体の昂りが窺えた。 「ん……っ」 「は…ぁ…」 声が洩れて、唇が離れる。背中に腕を回して抱き合えば、体を擦り合わせた拍子に乳首も擦れて、小さな突起は徐々に尖り始めた。氷室が黄瀬の顎のラインから耳朶に舌を這わせると、お返しとばかりに黄瀬も氷室の首筋に唇を落とし、吸い上げる。 「っ……痕は、付けないでくれよ?」 「了解っス」 そういえば今日の氷室の服装は、Vネックのカットソーにブルゾンだった。いくら恋人が承諾済みとはいえ、情事の痕は残したくないだろう。黄瀬は首筋から唇を離し、代わりに肩に軽く歯を立てた。「こら、」と叱るような口ぶりで苦笑する氷室の手が、背中から下りてくる。その手の指先は、黄瀬の尻の割れ目に宛がわれた。 「触っても、いいかな?」 「ん……」 と小さく頷いてから、氷室さんも、と言って、黄瀬の指先も氷室の尻を割った。 「力、抜いて……氷室さん……っ」 自分も指を挿れられながら、黄瀬が氷室を気遣う。気を逸らすために、黄瀬は氷室に深く口付けた。夢中で唇を重ね舌を絡めると、意識がそちらに集中して下半身の防御が幾分緩くなる。黄瀬はすかさず指をこじ入れた。「あ……っ」という声とともに唇が離れたが、氷室は観念したように、ふと息を吐いて体の力を抜いた。徐々に奥へと挿入される指が、アナルの中で蠢く。「平気?」と尋ねる黄瀬に向けて、氷室は笑って頷いた。噛み付く様なキスをして、声が洩れてそれが離れて、そうかと思うと何度もやさしく唇を啄み合う。抵抗の無くなった中の壁を指先でなぞり、指を抜いて不純物を掻き出す。抜いた指先を再び宛がうと、慣らされたそこは吸い込むように指を招き入れた。興奮しきった二人の体は、次第に同じものを求め合う。 ( 欲しいよ、早く――― ) けれどその言葉は、どちらの口からも発せられることはなかった。
浴槽から上がった二人は、頭と体を洗い合った。 「オレ、こんなことするの初めてっスよ」 「こんなことって?」 「洗いっことか。何か、楽しいっスね」 「一緒にお風呂入らないの?」 「いや、一緒には入るっスけど、盛ってお風呂でしちゃったりとか……が、多いっス」 「そ、そうなんだ」 何となく、察しがついた。火神は無理強いができない性格なので、氷室が怒れば大抵のことは我慢をしてくれる。けれど彼らの場合、恐らく主導権は青峰にあって黄瀬の言葉は受け入れて貰えない、という構図が安易に思い浮かぶ。何より、恋人の体を洗ってやる青峰の姿が想像つかなかった。 「黄瀬君……青峰君のどこが好きなの?」 ひとつ間違えば失礼な問いかもしれないが、聞かずにはいられなかった。黄瀬は「えっ?」と驚いた風な顔を見せてから、「うーん、そうっスねぇ」と暫し頭を捻る。 「全部、っスかね」 ニッと口の端を上げた黄瀬の笑顔に、ぎゅうと胸が締め付けられる。 「なんだ、それって惚気?」 氷室のからかうような口ぶりに、黄瀬は「へへ」と笑みを零す。純粋に、可愛いと思った。 「今日はオレが洗ってあげる」 氷室が黄瀬の髪をやさしく撫でると、黄瀬は「お願いするっス!」と言って、嬉しそうに笑った。 |