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タオル地のバスローブに身を包み、氷室は洗面台の前で髪を乾かしている。手を離すと止まってしまうドライヤーのスイッチを押し続けながら熱風を当て、風が行き渡るようにがしがしと髪を掻き乱す。

「あーあ、ダメっスよ、そんな乱暴にしちゃあ」

氷室よりも後から上がってきた黄瀬が、タオルで髪を拭きながら背後にやって来た。髪を拭いていたタオルを首に掛け、氷室からドライヤーを取り上げると、髪から少し離れたところから風を当てて、やさしく氷室の髪を梳き始めた。

「せっかくキレイな髪なんスから」

「そういうの気にしない性質なんだ。よくわからないし、まどろっこしいの苦手だし」

「その割に、ラブホでちゃんと髪乾かすんだ?」

「タイガが煩いんだよ。風邪ひくとか、後で髪がボサボサになるとかああでもないこうでもないって」

「うわぁ、過保護っスねー」

「だろう? あんまり煩いから、じゃあオレもタイガくらいに髪切る、って言ったらそれは似合わないとか言ってオロオロしてさ。面白かったなーアレ」

当時を思い出したのか、氷室はクク、と肩を竦めて笑いを堪えた。

「氷室さん綺麗だし、案外短くしても似合うかもしれないっスよ?」

「全然綺麗じゃないよ。たまにそう言われたりもするんだけどオレ男だし、嬉しくないっていうか寧ろ好きじゃない……って、さっき青峰君にも―――」

言いかけて、氷室は咄嗟に口を噤んだ。と同時にスイッチから手の離れたドライヤーの風音が止み、黄瀬はそれを壁掛けの収納棚にゆっくりと戻した。氷室は己の失言に気付き、鏡に映る黄瀬の表情を窺った。

「青峰っちと何話してたんスか?」

「何、って……」

「神社で、馴れ馴れしく肩組まれてたっしょ?」

「べつに……他愛のない世間話だよ」

「ふぅん」

黄瀬は背後から氷室を抱きすくめた。そっと首筋に顔を埋め、口付ける。

「オレね、青峰っちに言われたことあるんスよ」

抱いた腕を解き、黄瀬は氷室のバスローブの合わせ目に手を掛けて、それを左右に開いた。露わになった氷室の胸が鏡に映る。

「四人で二回目に会った後だったかなー、氷室さんて綺麗だよな、って言ってた」

「そ、そう」

「お前には無い色気があるって。じゃあオレも努力するっスか? って聞いたら、お前には無理、だって」

「…………」

「ベッドの中で言うんスよ。信じられる?」

黄瀬は鏡の中の氷室に向けて、自嘲気味に笑みを浮かべた。両手の指先で、露わになった氷室の胸を上下に擦ればそれが突起に触れて、氷室の体がビクッと揺れる。

「それでも、好きなんだろう?」

氷室の問いに、ふ、と黄瀬が吐息を洩らす。「そうなんスよねー」と仕方なさそうに呟きながら氷室の乳首を指先で摘まむと「うゎ……っ」という驚きの声が上がった。氷室がそれから逃れようと体を捩ると黄瀬の手は離れたが、その手は素早く左の腰あたりで結ばれた紐の端を引く。肌蹴たローブが床に落ち、下着を着けていない氷室の裸体が鏡に映った。一緒に風呂に入って体を洗い合ったり、泡の下に隠れたものを触り合ってその反応を確かめて、この人だったらべつに挿れても挿れられてもいいやと、確かにさっきまでは思っていたのに。

「黄瀬君……?」

鏡に映る黄瀬を見つめる氷室の瞳には、憂いを帯びた戸惑いの色が浮かんでいる。もしも自分がこんな仕草や表情を見せたら青峰はきっと、「きめーよ」の一言で片付けるだろう。だからこの人みたいになりたいわけじゃない。
だけど、綺麗だ。悔しいほどに。腹立たしいほどに。自分には無いものを持っているこの人のことを嫌いなはずはないのだけれど。
黄瀬の中で、何かが弾けた。嫉妬という感情とともに、普段は心と体の奥に仕舞い込んでいる自分の中の雄が、じわじわと頭を擡げてくる。滅茶苦茶に、したくなる。
黄瀬は氷室の手首を掴み、強引に引いた。ベッドの脇まで引っ張って来て、掴んだ手を離す。

「オレが上で、いいっスよね」

「え……っ?」

黄瀬は氷室の胸をドンと突いた。仰向けにベッドの上に倒れる氷室を見下ろしながら、黄瀬自身もローブの紐を解いて、脱ぎ捨てる。氷室の視線は黄瀬の下半身に注がれた。すでに大きく勃起している。青峰とのことが気に障ったのだとばかり思っていたが、どこかに彼を欲情させる要因があっただろうか。今さら抵抗するつもりはないが、氷室の頭は少々混乱した。
黄瀬がベッドに乗り上げてくる。全裸の氷室に体重を掛けないように、やはり全裸の黄瀬が覆い被さった。

「順番、ってのはどうかな?」

黄瀬の態度に不安を抱いた氷室の一応の提案に、「いいっスよ」と答えて黄瀬はニヤリと笑った。できるモンならね、と心の中で呟いて、ほくそ笑む。ちゅ、と唇にキスを落としたかと思うと、黄瀬は唐突に氷室の胸に顔を近付けて突起を口に含んだ。

「……ぁ……んっ」

性急に刺激を与えられ、氷室の口から声が洩れる。

「前戯、好きっスか?」

「え?」

「挿れる前にいっぱい弄られたい人?」

「それは……」

正直なところ、わからない。自分がされる側になるのは火神以外ではこれが初めてだし、火神のそれがどの程度なのか、比べる対象がない。

「よく、わからない」

氷室は顔を背けて黄瀬から視線を逸らせた。それを肯定と受け止めて、黄瀬は「了解」と答える。何をどう了解したのかよくわからないが、今は黄瀬に任せるしかない。氷室は黄瀬に身を委ねた。

耳朶から首筋へ、そこから肩に、鎖骨に、さらには脇の下にまで、黄瀬の舌が這う。火神は乳首や性器への刺激は与えてくれるが、こんな風に舐めたりしない。しかもそれは左右対称に丁寧に施され、ある種のじれったさに氷室の両手が戦慄く。胸の突起の周囲をぐるぐると舌が這うのに、肝心な部分には触れて来ない。まだ触れられていないのに、体はそれを期待して、氷室のペニスは徐々に勃ち始めた。目を閉じたり、出来るだけ見ないようにしていた天井が視界に入れば、体を弄られている姿が鏡にしっかりと映る。

「黄瀬君……」

「何スか?」

黄瀬は氷室の胸から少しだけ顔を上げて答えた。早く、と口走りそうになって、氷室は慌てて何でもない、と首を横に振る。黄瀬は、わかって焦らしているのだ。

「早く舐めて欲しいっスか?」

見上げてきた黄瀬と視線が合った。悪戯に屈するのは癪でもあったが、氷室は堪え切れずに小さく頷いた。黄瀬の口元が思わず緩む。

「どこを?」

「……え?」

「どこか教えてくれなきゃわかんないっスよ」

焦らして楽しんでいるだろうことはわかっているのだが、従わない限り、黄瀬は新たな刺激を与えてはくれないだろう。氷室はゆっくりと両手を上げ、「ここ」と言って左右の乳首を指差した。が、その拍子に自分の指先が突起の先端に触れてしまった。

「あっ……」

少し大きな声が上がり、ペニスがぐんと上を向く。黄瀬はくっくっと肩を揺らし、笑いを堪えた。氷室はあまりの羞恥に腕で顔を覆い隠す。

「氷室さん、カワイイ……」

黄瀬の唇が氷室の胸の先端に触れる。それだけで、氷室の体はびくんと跳ねた。

「あ……っ、や……ぁっ」

舌先で突き、尖った突起に軽く歯を立てると、焦らされ待ち焦がれていた快感に、氷室の口から何度も大きな声が上がった。経験したことのない感覚に、今にも達してしまいそうだ。

プルルルルル、と、どこかで着信音が鳴った。二人の体が一瞬固まる。オレか、と黄瀬は部屋の隅に放られたバッグを見やったが、構わずに氷室への愛撫を続け、やがて着信音は切れた。

「い、いいのかい?」

頬を紅潮させながら、氷室が問う。

「んー、今こっちのが大事?」

黄瀬がやさしく微笑む。けれど一端切れた着信音は、数秒経たずに再び鳴り出した。黄瀬の顔が鬱陶しげに歪む。

「出ていいよ。もしも青峰君とかだったら―――」

と言い掛けた氷室に「それは野暮過ぎっしょ」と苦笑して、ごめんね、と声を掛けてから黄瀬は渋々ベッドから降りた。バッグの中を探りスマートフォンを取り出すと、少し慌てた風にそれを耳に当てる。

「お疲れ様ですー。ああ、いや、全然平気っスよ」

ハイ、ハイ、と何度も頷く黄瀬の通話はどうやらモデルの仕事の話のようだ。氷室は体を起こし、背を向けて喋る黄瀬の裸体を見つめた。現役の大学四年生。バスケとモデルの仕事の両立は、聞けば中学の頃からだという。就職してたまに買うようになったメンズ雑誌で時折見掛けるイケメンモデルが今、すぐそこに全裸で立っている。それどころか、この体をどうにかしようとしている。非現実的な出来事は確かに行われているのだと、疼く体が教えてくれる。氷室は何だか堪らなくなって、自身の体を抱きしめた。

「それじゃあよろしくお願いします」と言いながら、相手がいるわけでもないのに条件反射で頭を下げて、黄瀬は電話を切った。通話終了をタップしてホーム画面に戻した時、何気なく目に付いたのは、カメラのアイコンだった。ちらと氷室を見やると、ベッドの上で腰から下に布団を掛けてこちらを見つめている。「ゴメン、一件だけメールさせて」と氷室に告げると氷室は薄く微笑んで頷いた。黄瀬はメールを打つ振りをしながら、まずはカメラを起動させた。それからムービーのボタンにそっと触れると、ピ、という小さな音が鳴り、右上に赤いRECの文字と、その横にやはり赤い●が点滅し始める。氷室は何も気付いていないようだ。徐にしゃがんでバッグの中を探り、小さなポーチを取り出してそれをスマートフォンと一緒に持つと、画面は隠れた。

「寒くなっちゃった? 悪かったっス」

戻って来た黄瀬は氷室の横を通り過ぎ、枕元へと向かった。半身を振り返らせた氷室に画面が見えないようにポーチを外し、スマートフォンを裏返しにして、部屋の内線電話に斜めに立て掛ける。角度的に、カメラはベッドの上の鏡を映し出すことだろう。黄瀬は緩い笑みを浮かべる。

「そのポーチ、何だい?」

氷室が気に掛けたのはスマートフォンではなく、ポーチの方だった。上手くいったも同然だ。「これっスか?」と言った黄瀬がポーチの中から取り出したのは、液体の入ったボトルだ。
「ああ、」と氷室は納得するように頷いた。再びベッドの上に乗って来た黄瀬は、氷室の下半身に掛けられた布団を剥ぐ。氷室のものは、いくらか萎えて下を向いていた。「ゴメンね」と黄瀬が詫びると、氷室は「元通りにしてくれよ」と言いながら両腕を伸ばして黄瀬を求めた。






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