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とりとめのない会話をしながら部室のドアを開けると、そこにはまだ人が残っていた。それが主将の氷室と副主将の劉であるとわかると、2年生部員二人は一度背筋を伸ばし、それから「失礼します!」と言って頭を下げた。氷室は二人の顔を見ながら「お疲れ様」と言って微笑み、俯いていた劉はちらと顔を上げて二人の顔を確認すると、再び長テーブルの上の部誌に目線を落とし、「お疲れ」と抑揚のない声で言った。

「体育館の点検と戸締り終わりました!」

「そう、ごくろうさま」

氷室がまた、穏やかに笑う。劉は相変わらず俯いて、手にしたシャーペンをクルッ、クルッ、と回している。

ときどき主将と副主将が部室に残っていることがあるけど大抵は真面目な話をしているようだから、邪魔にならないよう気を付けろ、というのが新学年になってまだ1ヶ月足らずの新2年生の間での常となりつつあった。今日の練習で上手く行かなかった点や、個人名も多く飛び出すので、彼らの会話が聞こえてくると少し緊張してしまう。急いで着替え、帰り支度をしたまではよかったが、その先どうやって声をかければいいのかわからずに、二人は小声で「どうする?」と囁き合った。

「着替え終わったのかい?」

二人の様子を察した氷室が声をかけてきた。

「はい、でもあの、オレたち鍵当番で・・」

「鍵置いて帰るアル」

「・・え?」

「ワタシたち閉めて帰るからいいアル」

「あ、でも明日の朝も・・・」

「朝練の鍵開けもやっておくから大丈夫だよ」

「え、いや、そんなこと先輩方にお願いするわけには・・」

「コイツ蹴り起こして行かせるから心配すんなアル」

回していたシャーペンの頭をピッと氷室に向けて劉が口の端を上げてみせれば、氷室は「いや、そこはフツーに起こしてくれよ」と苦笑する。

「氷室の寝起きの目付きの悪さはツンドラ級アルからな」

「え?そんなことないだろう」

「ワタシ3回くらい凍りついたし、後輩泣かせたコトもあったネ」

「人聞きの悪いこと言うなよ。今のでオレのイメージ悪くなったぞ」

「なぁ・・?」と突然氷室に問われ、2年生は「そんなことないですっ」と慌てて答えた。

自分たちはレギュラーには程遠い部員のうちの一人に過ぎず、さらには共に自宅通学生なので、部活時以外の主将と副主将の姿をほとんど知らない。憧れるに値する彼らの素の部分を垣間見たような気がして、何だか少し、嬉しい気持ちになった。

「そういうわけだから、鍵は預かるよ」

「すみません、よろしくお願いします!」

「気にしなくていいからな」

「マッサージ一週間で手を打つアルよ」

「えっ・・?!」

「こら劉っ!!本気にするだろう?」

「冗談ネ、明日も部活頑張るアル」

「はい、ありがとうございます!お先に失礼します!」

そうして後輩から差し出された部室の鍵を氷室は受け取った。






「ハァ・・明日は早起きしなきゃなんねーアル」

「劉が先に言ったんだぞ、鍵置いて帰れ、って」

「都合、悪かったか?」

「いや、悪くない・・」

氷室の答えに劉はフン、と鼻で笑い、椅子から立ち上がった。いま後輩たちが出て行ったドアへと向かい、部屋の鍵を閉める劉を氷室は無言で見つめる。劉は座っていた椅子には戻らずに、氷室の元へと向かうとその脇に立った。片手をテーブルに突き、もう一方の手を腰に当て、2メートルの高さから氷室を見下ろす劉の表情は、何だか穏やかとは言い難い。氷室は劉を高く見上げ、ご機嫌斜めかい?と言って小さく笑った。

「なんであんなこと言ったアル」

「あんなこと?」

「休み時間」

「ああ・・I love you・・ね」

氷室は微笑みを消し、どこか面白くなさそうに呟く。

「絶対ヘンに思われたアル」

「劉だって前に女子はあーゆーの好きだとか言ってたじゃないか」

「あの時とはワタシたちの関係も変わったアルよ」

「じゃあ・・オレも劉みたいに女子に囁けばよかったのか?」

「なんだ、やきもちか?」

「そんなんじゃないけど・・でも・・」

劉が悪い、と勝手に結論付けると、氷室は劉の腰に当てられた手を両手で掴んで引いた。劉の大きな手を口元に寄せ、長い指にそっと、何度も口付ける。冷えた指先に、触れた唇のあたたかさが残る。時折り感じる唇よりもさらにあたたかな感触が氷室の舌や歯であると理解すると、劉の体はぞくりと震えた。

「でもアレ、本気だよ?」

小首を傾げ、氷室が劉の手を強く引く。勢いで劉が前屈みになると、氷室は両腕を差し出して、劉の首に腕を回した。途端、互いの顔が目前に迫り、一瞬目を合わせるのとほとんど同時に、どちらからともなく唇を重ねた。「ん・・」という声はどちらから洩れたのか。 何度も角度を変え、舌を絡め合う口付けは暫し続く。

こんなにも積極的な氷室は初めてだった。劉は少し戸惑いながらも、氷室の両脇に手を入れて、椅子から立ち上がらせた。20センチの身長差では劉の首に腕を回すことができず、氷室は両腕を劉の腰に回し、しがみ付く。劉も氷室を抱き寄せた。

「氷室・・・」

「ん?」

ずっと背の高い劉の声は、氷室の頭の後ろの方から聞こえてくるので、その表情はわからない。

「ワタシ、男アル」

「・・うん」

「でも氷室も、男アル」

「・・うん」

「それでもワタシ・・あの夜の続きが氷室と、したい・・・」

いつもの軽口とは違う、少し緊張した声だった。劉の言葉に、氷室の体の中心が一気に熱くなる。けれど劉はそれきり何も言わず、動かなくなった。
大きな体や強気な態度に似合わず、劉が意外と臆病なことを知っている。二人はお互いに同じことを気にして止まっていたんだな、ということにもっと早く気が付けばよかった。あの夜に、自分から劉を求めればよかった。

いいよ、劉。
男のプライドなんて、オレが捨ててやる―――。

「オレも劉と・・早く続きがしたいよ」

「真的?!」

思わず母国語で声を上げる劉を、とても愛しいと思う自分がいる。何て言ったんだ?と劉の肩口に埋めた顔を上げると、マジか?言ったアル、という答えが返ってきた。その訳が何だか可笑しくて、氷室は笑いを堪えるように肩を震わせた。

「なぁ、劉」

「ン?」

「劉がオレに触れることでオレが、その・・過剰に反応しても、気にするな」

「・・・・・」

氷室のその言葉だけで、劉の心も体も熱く昂る。
劉は無言のまま小さく頷き、返事の代わりに氷室を強く抱きしめた。







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