*


「というわけでさ、主将も福井先輩も帰ってきたみたいだし、報告も兼ねていろいろ話を聞きに行こうと思うんだけど、劉も行かないか?」

「行かない」

それは、即答だった。




主将・氷室、副主将・紫原、部長・劉という人選は、岡村と福井の案だと監督の荒木は言った。指名された3人がそれを承諾した日、岡村と福井はすでに実家に帰省していたので、メールで知らせてはいたものの、新体制が決定してからまだ直接は会っていない。自分たちを推してくれた思いに感謝するとともに、心構えなども聞いておきたいと、氷室はまず、紫原を誘った。紫原ははじめ渋ったが、最終的にはお菓子で釣った。そして劉も誘おうと部屋を訪ねたのだが、返って来たのは実に素っ気ない声だった。

上下グレーのスウェット姿で、ベッドに寝そべり音楽を聴いていたらしい劉は、眉を顰めながら仕方なさそうに、肘をついていない方のイヤホンを外して氷室を見上げている。

「え、なんで?」

「理由なんてないアル。それに主将ってモアラのことか?今の主将は氷室だろ」

「え、うん・・それはそうなんだけど、そういうことじゃなくってさ、一応挨拶しておいた方がいいと思うんだ。だから劉も行こうよ」

「だったら二人で行けばいいアル。ワタシはべつにいい」

「だから何で?」

執拗に理由を尋ねてくる氷室に、劉は顰めていた眉を増々寄せて、鬱陶しそうに氷室を横目で睨んだ。

「劉ちんが行かないって言ってんだからいーじゃん。室ちんてそーゆーとこしつこいよね」

「アツシの方がよっぽどお利口さんアル。ホント氷室はときどき強引アル」

「劉・・なんでそんなに不機嫌なんだよ」

「不機嫌?どこが?」

「あーもう、行くよ室ちん」

紫原は氷室の肩を掴んで体をドアの方に向けた。待てよアツシ、と抵抗する氷室に構うことなく、ドアに向かってぐいぐいと背中を押して行く。紫原自身もそのまま出口へと向かい、部屋を出る直前、ひらひらと手を振ってみた。それを劉が見ていたかどうかはわからないまま、紫原は後ろ手でそっとドアを閉めた。


「どうしたんだ劉は。どう見たって機嫌悪いじゃないか」

わからない、という表情で、氷室は軽く肩を竦めた」

「あのさぁ」

「ん?」

「劉ちんて誰かと違ってわりと繊細だよ?」

「誰かって誰だよ」

「さぁ」

「・・知ってるよ、そんなこと。デリケートな上にナーバスで。面倒くさいヤツ」

「・・・・・」

きっと向こうはもっと面倒くさいと思ってるよ、という言葉を、紫原は口に出さずに飲み込んだ。






ひとつ下の階へとやって来て岡村の部屋を訪ねたが、部屋には誰もいないようだった。通りかかった3年生が「福井の部屋にいたよ」と教えてくれたので、礼を言って、福井の部屋へと向かう。

「失礼します」

「おじゃましま〜す」

福井に「入れよ」と言われ、氷室は頭を下げて部屋へと入った。紫原は入口に頭をぶつけないよう、違った意味で頭を下げて、部屋に足を踏み入れる。

「コタツだ〜〜」

福井の部屋の真ん中あたり、本棚とベッドの間にはコタツがある。奥に座っていた岡村が「あけましておめでとう」と言って、片手を上げた。

「そーいや今年初めて会うな」

「そうですね。あけましておめでとうございます」

「おめっとさん」

「ねぇねぇ福ちん、コタツ入っていい?」

「あーワリィな、無理だわ」

このコタツ二人用なんだ、と言って福井は自分の入っていた場所に腰を下ろした。確かに、コタツは本棚とベッドの間に挟まれる形で置いてあるため、その二辺には人が通れる程度の隙間しかなかった。身長2メートルを超える紫原の体格では到底入ることはできない。

「氷室なら何とか入れるんじゃないか?」

「え〜〜、室ちんだけ?」

「あ、いえ、オレは大丈夫です」

「しょーがねーな、ここ入れよ」

福井は立ち上がり、自分の座っていた場所を紫原に譲った。わーい、と喜んで座ろうとする紫原を氷室が「アツシ!」と呼び止めたが、福井は「いーよ」と言って笑った。オレたちはここな、とベッドを指差して、福井はベッドに腰掛ける。氷室も隣りに腰掛けると、足だけなら入るぞと言いながら福井が足をコタツの中に入れたので、氷室もそれに倣って足を入れた。冷たい廊下を歩いて冷え切った足先がじわじわと温まっていく。

「福ちん・・」

「あ?」

「受験すんの?」

福井が座っていたコタツの上には、『大学入試センター試験過去問題集』と書かれた問題集やノートが置かれていた。

「おう、今週末がセンター試験だからな。いま追い込み中」

「あれ?でも福井先輩、推薦の話来てませんでしたか?」

「ああ、オレ、大学でバスケやんねーから」

「「 ええぇっ!!!??? 」」

氷室と紫原は、ほぼ同時に驚きの声を上げた。

「やったとしてもサークルかな」

「ど、どうしてですか?!」

「んなヒマねーから」

「????」

「夢があるんじゃと」

岡村が、どこか嬉しそうに微笑みながら言った。

「どんな夢〜?」

「ん?ああ、教員?」

「「 えっ!? 」」

またしても、二人の声が重なる。

「学校の先生になって、バスケ部の顧問やりたいんじゃと」

「お前がみなまで言うんじゃねーよ」

「うわ〜、すげー似合いそう」

「もしかしてA体大とかですか?」

「いや、体育じゃねーし」

「「 えっ!? 」」

「・・って、お前ら息合いすぎだろ」

3度目の声のシンクロに、福井は思わず吹き出した。

「あの、じゃあ、何の・・?」

「国語だ」

Wow!

「福ちんマジかっけ〜」

「体育と数学だけは得意だったからのう」

「他はダメみたいに言ってんじゃねーぞ、ゴリラ」

「じゃあさぁ、いつかここに戻ってくるかもしれないってコト?」

”ここ”とは、もちろん陽泉高校のことだ。それが実現したところで紫原が在学しているはずもないのだが、それでも紫原は、少しワクワクしながら福井の答えを待った。

「ここはまぁ、荒木監督がいるからな。でも、10年後でも15年後でもいいから戻って来れたらいいな、とは思ってる」

「なんか、驚きました。いえ、すごく向いているとは思いますけど・・」

その先を言ってもいいものか戸惑い、氷室は言葉を濁した。

全国レベルの学校でレギュラーを勝ち取ってきた実力者が、そんなに簡単に切り替えられるものなのだろうか。

「オレは岡村やお前らみたいに将来バスケで飯食ってくような力はない。大学でならそこそこ通用するのかもしんねーけど、それより優先させたいもんがあった、ってだけだ」

ってことでオレの話は終わり!と結んで、福井はあらためて隣りに座る氷室の顔を覗き込んだ。

「話があって来たんだろ?」

「おお、そうじゃったな」

「あ、はい。メールでもお知らせしましたが、オレとアツシと劉とで、部を引っ張っていくことになりました」

「おう、そうだってな。おめでとう・・でいいのか?この場合」

「はい、ありがとうございます。で、オレたち3人でっていうのは主将と福井先輩が監督に提案したって聞いて、あらためてお礼にと――」

「おいおい、主将はもう氷室じゃろが」

「す・・すみません、まだ、慣れなくて・・」

思えば氷室が陽泉高校に編入してきたとき岡村はすでに主将だったので、氷室は岡村のことを最初から「主将」と呼んでいた。今度は自分が後輩からそう呼ばれるのだと理解はしても、すぐに慣れるはずもない。氷室は照れを隠すように小さく頭を掻いた。

「でねー、何だっけ?心構えとか聞きたいって、室ちんが」

「アツシは聞かねーのかよ」

「うーん、べつに聞いてもいいけど?」

「ほんっとにお前はブレねーな」

「おおかた氷室に菓子で釣られて来たんじゃろ。ホレ」

岡村が紙袋から何かを出して、ポンと紫原に放った。大きな手でキャッチされたそれは、岡村が帰省したときに買った故郷のご当地饅頭だった。先輩の部屋に行くからお菓子はダメ、と言われて何も持っていなかった紫原は、「ラッキ〜!」と嬉しそうに笑い、早速包みを開けてひと口に頬張った。

「でさ、オレ副主将になったでしょ?まさ子ちんは室ちんを助けろって言うんだけど、よくわかんないんだよね。福ちんはどんなことしてたの?」

「あぁ?」

結局聞くのかよ、と苦笑しながら、福井はうーん、と腕組みをした。

「まぁ、一番の仕事はアレだ」

「どれ?」

「ゴリラの飼育」

「うぉいっ!!!」

岡村が両の拳でコタツの上を叩く。

氷室は思わず吹き出しそうになったが何とか堪え、肩を震わせながら俯いた。

「えー、でもさぁ・・」

紫原は、俯いて笑いを堪える氷室と、岡村を交互に見比べた。2〜3度首を左右させた後、氷室で視線を止めてじっと見上げていると、氷室もその視線に気付いた。

「なんだい?アツシ」

「こんなキレーな動物っているかなぁ?」

「・・・・???」

真顔でそう言う紫原の発言は、どうやら本気らしい。岡村と福井はあんぐりと口を開けて紫原を見つめた。

「なっ、おいアツシ!何言ってるんだよ・・っ・・意味わからないだろ!」

「んー、じゃあ、カッコイイ?」

「そうじゃなくて!!!」

焦る氷室を余所に、岡村と福井はゲラゲラと笑い出した。

「すんげーな氷室。コイツにキレイって言わせる男とか」

「もう、アツシ!そういうこと言うな、って言っただろ?!」

「おいおい、いつも言っとるんかい!!」

「あ、いえ、違・・っ」

先輩二人はさらに笑い続ける。

「だってホントのことじゃん〜?この人、外見だけはいいからね」

「なんだその中身はダメ発言」

「中身はねー、かなりメンドくさい」

ぶっ・・と吹き出した福井は、紫原の言葉にうんうんと頷いた。岡村はニヤニヤと笑いながら手を伸ばし、氷室の膝をポンポン、と叩く。

「もういい、アツシは黙ってろ」

「えー、室ちんが連れて来たんじゃん〜」

「氷室も紫原には敵わんようじゃのう」

「敵わないっていうか、その・・」

「あ・・わかった!!」

氷室の言葉を遮るように、紫原が声を上げた。

「どした?」

「室ちんは、”黒豹”っぽい。・・ねぇ、ぽくない?」

「そりゃまたずい分とキレイでカッコイイ動物見つけたのう」

「アツシ、頼むからホントにもう黙って・・」

「その例えがしっくりくるってのもスゴイよなぁ、氷室」

「先輩も、からかわないでくださいよ」

心構えを聞く以前に、今の会話でかなり疲れてしまった。氷室はがっくりと肩を落としたが、これだけは聞こうと思っていたことがあり、岡村の顔を見た。岡村は「イケメンに見つめられたら眩しいじゃろが」と未だからかうように笑ったが、氷室の真面目な表情に笑うことを止め、「なんじゃい?」と尋ねた。

「主・・いえ、岡村先輩にとって福井先輩は、どんな存在だったんですか?」

「・・福井か?」

「はい」

岡村は常に福井にいじられている印象があった。それは岡村相手だからこそできることだろうし、真剣な試合の合間には、時に緊張を解す作用もあった。福井はそれをわかってやっているのだろうが、では岡村自身は福井のことをどう思ってバスケをしていたのだろう。主将と副主将という関係性も含め、ずっと気になっていたことだ。自分の名を出された福井も、耳を傾ける。岡村は、そうじゃのう・・と少しだけ考えてから、口を開いた。

「仮にワシに何かあったとしても、安心して後を任せられる存在・・かのう?」

「安心して、後を任せられる存在・・」

「ええか?まず、試合中の主将の役割は、かなり重い。コート上で審判にモノ言えるんは主将しかおらんし、常に中心になって声掛けにゃならんし、ケガでもせん限り、主将がコートを離れることはまずない。たとえそれがすごいプレイヤーでなくとも、主将が抜けることによってチームのバランスが崩れることもある、というのはわかるじゃろ?」

「はい。予選でもそういう試合を見ました」

「ところがワシは、そんな心配をしたことがない」

真剣な表情で話していた岡村が、ここで一度言葉を切って、ニカっと笑う。

「ワシに何かあっても、福井がおるからのう。ワシが抜けて福井が中心になったとして、お前たちは不安か?」

「・・大丈夫だと、思います」

「・・・・・おい」

そんなん聞いたことねーぞ、とボソっと呟いた福井を見上げ、わざわざ言うことでもなかろう?と言って、岡村はまた、笑った。福井は小さく舌打ちをして、見上げてきた岡村から目を逸らす。

「練習のとき、ワシより福井の方が率先してみんなを引っ張っとるのは気付いとったか?」

「はい」

「福井に、お前はどーんと構えてろ、言われてな。そこでちとラクをしとった。素早く周りの様子を把握して指示を出すんは福井の方が向いとったからのう」

「お前がトロいからだろ」

やっぱり呟くように言った福井に、そうじゃな、と岡村は大きく頷いた。
この二人には、二人だけの中で決めていった役割分担があるのだな、と、太く低く、けれどやさしい声に氷室は耳を傾ける。紫原は、頬杖をついて興味なさそうにしながらも、今だけは終始無言で目の前に座る先輩の顔を見つめた。

「もっとも、お前たちはワシらのようにする必要はないぞ。ワシと氷室、福井と紫原とでは、性格も体格も学年すらも違うんじゃ。同じでええわけがない。たくさん練習して、たくさん試合して、その中で見つけていくもんじゃ」

「はい・・」

「おい紫原?お前、今の話聞いとったか?」

「うん、聞いてたよ。でも話長くて頭ん中いっぱいだから、後で整理する」

「それでええ。で、福井は?ゴリラの飼育以外になんか言うことないんか」

「あーまぁ、岡村の言った通りだ。要するに、”ゴリラ”と”黒豹”は違う、ってことだろ?」

「えっ、ちょ・・福井先輩!!」

氷室は慌てた声を上げたが、岡村はまったくそのとおりじゃ、と豪快に笑い出した。

「劉も加えた3人で、陽泉バスケ部を頼んだぞ」

「はい」

「・・・って、あれ?そーいや劉に会ってねーな。アイツ、中国帰らなかったんだろ?」

「あの、ここに来る前に劉も誘ったんですけど、自分はいい、って・・」

「あのバカ、なに照れてやがんだ」

「え、あれは照れていたんですか?」

「だから言ったじゃん室ちん〜。今まで先輩に向かって散々ゴリラだのモミアゲだの言ってたから、今さらお礼とか恥ずかしいんだよきっと」

「お前も相当後輩らしくない態度じゃがな」

「オレ、岡ちんのことゴリラとか言ったことねーし」

「ああ、そうじゃった」

岡村はニッコリと微笑んだが、紫原は不貞腐れた風に口を尖らせた。

おそらく紫原も、恥ずかしくなったのだろう。

「よし、行くぞ」

福井はたった今思いついたかのように、岡村に声をかけた。

「は?どこに?」

「劉の部屋に決まってんだろ」

「あの、福井先輩・・今はやめた方が・・」

さっきの劉の態度を思い出し、氷室は福井をやんわりと止めた。劉が二人のことを大切な先輩だと思っていることは知ってはいるが、今行くのは逆効果な気がする。

「新年の挨拶くらいいいだろ?」

「いや、でも、ちょっと機嫌悪かったっていうか・・」

「アレは室ちんがウザかったんだよ〜」

「そうか、よし、そりゃあ氷室が悪い!」

「え・・えぇっ?!」

「行くぞ、岡村」

「ホントに大丈夫なんか?」

「オレたちが行かなきゃアイツ絶対自分から来ねーだろ。お前は部活に顔出しゃいいけど、オレは始業式終わったら受験でしばらく遠征なんだよ」

「じゃまぁ、仕方ないのう」

福井は勢いよく立ち上がると、ドアを開けて部屋を飛び出した。岡村もそれを追おうと部屋を出たが、開けたドアからひょっこりと顔を覗かせると、「部屋戻るならヒーターと電気消してな」と言い残し、ドアを閉めた。

「コタツはいいのかなぁ?」

「さぁ・・」


先輩の部屋に取り残された二人は、閉められたドアをしばらくの間、見つめていた。







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