はじめての LOVE ホテル1





某月某日、東京都心の某カラオケ店に、彼らは入店していた。

運ばれて来る飲み物や食べ物は次々と消費されてはいるが、カラオケボックスの一室にいるというのにマイクのビニールはいまだ外されることなく、選曲の端末機器もまったく触れられてはいない。

「ったく・・歌わねーのに何でココなんだよ」

デートの待ち合わせをしたら何だかよくわからないうちにここまで連れて来られた青峰大輝は、ソファに踏ん反り返りながら、テーブルの上の山盛りポテトを頬張っている。

「ちょっと待っててよ青峰っち、後でいくらでも歌わせたげるから」

青峰をこの店に引き摺り込んだ黄瀬涼太が青峰の方を見もせずにそう答えると、青峰は「べつに歌いたいわけじゃねーし・・」と、眉を歪めてため息を吐いた。

「で、火神っち?なんでいきなりラブホとか言い出したんスか?えっちはいつも火神っちのマンションで―――」

「わーーっ!!おま・・っ、青峰の前でそーゆーこと!!!

黄瀬の明け透けな言葉に、火神大我は慌てふためいて大きな声を上げた。黄瀬が「今さら何言ってんスか」と呆れ顔を見せ、青峰は「興味ねぇ・・・」と、本当にどうでも良さそうに呟く。興味がないのはこれ幸いだ。なぜだか青峰には赤裸々な部分は知られたくない。火神は火照った頬を治めようと、飲みかけのカシスオレンジのグラスを頬に当てた。溶けた氷が作るグラス表面の水滴が、火神の頬を伝ってポタリと滴り落ちる。あーあ、と笑いながら黄瀬が向かいの席に手を伸ばし、おしぼりで火神の頬から顎にかけて拭ってやれば、突然べつの場所からおしぼりが飛んできて、それは見事黄瀬の顔面に命中した。

「・・ってーーっ!!もう何なんスか青峰っち!!」

「女みてーなことしてんじゃねーよ」

「はぁ?何ソレやきもちっスか?」

「なんでコイツにやきもち妬くんだよ、バーーーーーカ」

「バカって言う方がバカっスよ!?」

「・・・・・・・」

こいつら・・・堂々とのろけてやがる。

火神は呆気にとられながらもその様子を暫し眺めた。

「ゴメン火神っち、で、何だっけ」

「あー、いや、だから、ウチのマンション3ヶ月前に親父がアメリカから帰って来て・・今オレ、親父と二人暮らしなんだわ・・」

「あーーー、そーいう・・・」

「親父さんが仕事行ってる間にすりゃいーじゃねーか」

「それが・・タイミング合わねーってのもあるけど、アイツ小学生の頃からウチの親父のこと知ってるし、親父もこないだ10年ぶりくらいに会ったらすげー喜んでたし、だからなんつーか、この年になってそんな親の目ぇ盗んでまで・・って思うとな・・・」

「ヤる気が足んねーんだよ」

「誰も彼もお前みてーに常にヤる気満々だと思うなよ!?」

「青峰っちは盛り過ぎっス!!」

「オレが悪者かよ!!・・だったら相手の・・あー、誰だっけ?」

「氷室さん」

「タツヤ」

「・・・・そうそう、その氷室タツヤ、とやらのとこは?」

「あ、そうっスよ。氷室さん、アパートで一人暮らしって言ってなかったっスか?」

「ああ、まぁ、そうなんだけど・・・」

「何か問題でも?」

「アイツんち・・安アパートだし?部屋の壁あんまし厚くないっつーか・・・」

「あぁ、声でけーんだ?黄瀬と一緒だな」

「デリカシーの欠片もないっスね!!!」

「お前さっき火神に何を今さらとか言ってなかったっけ?」

「!!!」

勝ち誇ったように青峰が笑い、黄瀬は悔しげに顔を顰めてグラスに残っていたウーロンハイを飲み干した。

青峰の言うとおりだった。
火神の恋人・氷室辰也は正直言って、アレのときの声がデカい。いや、決して声自体が大きいわけではない。抑えが効かない、と言った方がいいだろうか。そこを何とか制御してくれればすることも可能なのだが、抑えられないのか或いは抑える気がないのか。そして如何せん氷室の声はどう聞いても男だ。氷室自身が気にしなくても、火神の方が周囲が気になって仕方なく、行為に集中できなくなってしまうのだ。なんてことを言えばまた青峰に「ヤる気が足らねーからだ」などと言われそうだが、幸か不幸か火神には、ご近所の迷惑と己を省みる程度の理性は備わっていた。

「で、お前らどんだけしてねーの?」

「親父が戻ってくる前だから・・3ヶ月半、くらいか」

「3・・って・・耐性あんのなーお前。マジ尊敬するわ」

「少しは見習って欲しいっスよ」

「うっせーな」

「それでラブホっスかー。そういうことなら任せて欲しいっス!!」

「悪ィな・・ネットとかも見たんだけどオレもアイツもそーゆーの疎いし、とにかく情報が多過ぎて」

「だから任せて、って!でね火神っち、今日は一応、男同士OKのとこ何軒かピックアップしてきたんスけど・・」

言いながら黄瀬はテーブルの上に置いていたiPad画面を指先で操作して、目的の画面を火神に向けて見せた。

「なぁ・・てか、男同士だとダメとかあんのか?」

「そりゃまぁ、ねぇ・・」

「でもホテル側はなんでそんなことわかるんだ?二人とも顔見せなきゃいけないのか?それって男女でも恥ずかしいんじゃねーの?」

本当に何も知らないらしい。

「バカかおめーは。ホテルなんざどこだって入口からカメラで監視してるわ。下手すりゃ部屋にも隠しカメラ付いてんじゃねーの?」

「マジかっ!!??」

「いやいや、部屋はさすがにないから大丈夫っスよ・・」

本当に純粋にバスケだけしてきたんだな、と、黄瀬は火神の反応に苦笑する。
そんな彼が恋をして、相手を射止めた。その相手が男で、かつて自分や青峰や火神自身にとってもバスケのライバル高の選手であったとなれば、そのあまりに自分たちと似た境遇から応援しないわけにはいかないだろう。っていうか、自分たちと同じくらいに幸せになって欲しい、と心から願っている。

「ちなみに・・断られたことってあんのか?や、べつに答えなくてもいいけど・・」

情報の前に、火神は素朴で、けれど重要な疑問を黄瀬にぶつけてみた。

「1回だけあったっスよ・・あれはマジ、死にたくなるほど恥ずいっス・・」

黄瀬はちらと青峰の方を見てからそう答え、情けない顔をして肩を落とした。
黄瀬の視線に気付いてはいるが、思い出したくないのか、青峰は無視を決め込んでいるようだ。
そうか、とだけ言って、火神はそれ以上その話題には触れないことにした。

「んー、で?歌/舞伎町周辺?てなんかちょっとこえーな・・・だったら渋/谷か・・」

「そんなに変わんないっスよ?」

「行ったことねーからわかんねーんだよ」

「火神っち、ラブホ行くのまるっきり初めて?女の子とも行ったことない?」

「・・お、おう・・なんだよ・・だったら何なんだよ」

「新/宿も渋/谷もラブホ街ってフツーに人いっぱい歩いてるけど・・平気?入る勇気あるっスか?」

「え・・・マジ?」

「いや、いっぱいったって数秒に1回会う程度っスけど」

「メチャメチャいっぱいじゃねーか!」

「ちっ・・肝っ玉の小せぇヤツだな」

「・・んだと!ちっとばかり経験あるからって偉ぶりやがって」

「まぁまぁまぁ・・・」

口を挟んだ青峰の言葉に思わず立ち上がった火神を黄瀬がなだめる。青峰は素知らぬ顔で、フードメニューを手に取り見始めた。

「うーん、じゃあ、吉/祥寺にすげーキレイでおススメのとこがあるんスけど」

「お、いいじゃん、都会過ぎず田舎でもなくってとこか?」

「ただ、綺麗なんだけど、メッチャ閑静な住宅街のど真ん中なんスよね・・」

「なんでそんなとこに建ってんだよ・・」

「知らないっスよぉ〜。だからなんか入口が近付いたら向こうから子連れの家族が歩いてきて、思わず入口素通りして次の路地でUターンしたことあったっスよねー、青峰っち?」

「・・あ"?」

「ハッ、何だよてめーも肝っ玉ちっせぇじゃねーか」

火神がププ、と笑う。

「黄瀬ェ・・テメー余計なこと言うんじゃねーよ!いい加減にしねーと帰るぞ」

「協力してあげようよー青峰っち。オレたちそっちに関しては一応先輩なんスから」

「メンドくせー奴らだな・・もう、車で行けよ。そんなら人目に付かねーだろ?」

「・・・車?」

「あ、オレたちやっぱ見かけだけでもかなり目立っちゃうんで、最近は車で行くんスよ。郊外とか部屋直で自動精算のとこ多いし」

「なんだよ、じゃあオレも車にするわ」

「え?火神っち車持ってんの?」

「親父のだけどな、借りて結構乗ってる」

「それなら話は早いっス。ちょっと遠いけど泊まりならおススメがあるっスよ!」

「ホントか?」

黄瀬が再びiPadを操作し始め、火神がそれを覗き込む。
一人蚊帳の外に置き去りにされた青峰は苛立ちを何とか抑えて立ち上がり、インターホンの受話器を取って10品ほど注文を追加した。

「テメーらの奢りだかんな」

不貞腐れた呟きは、盛り上がる二人に届くことはなかった。




*




黄瀬が勧めてくれたラブホテルは、都心からかなり離れた郊外にあった。地図を見せられたときその遠さに驚愕したが、泊まりならほんっとにおススメだって!と黄瀬に太鼓判を押されたので、その言葉を信じることにした。それによくよく見れば氷室のアパートからなら然程遠くもなく、これなら行き掛けに氷室を拾って行けそうだ。

さらに黄瀬からは、いくつかの注意点を言い渡された。



・帰宅後カーナビの履歴を消去すること。

・念のため、目的地設定はホテル2キロ手前のコンビニにすること。

・AV見放題だけど、AVでその気にならないこと。

・大人のオモチャの自販機には絶対に手を出さないこと。

・自分勝手に盛らないこと。

・やさしくすること。


・・って、それもうほとんどお前の願望じゃねーのか?と言ったら黄瀬はへらっと笑って、「あとコレ・・」と火神に紙袋を手渡した。袋の中を覗いた火神が怪訝そうに顔を顰めると、「今度Wデートしようね」とまったく関係ない事を言って、黄瀬はもう一度笑った。








next

 

back

top