おまじない(全8ページ)

Illustration
by ひむら様
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いつもと違う風景だった。 何度となく訪れていた病院の部屋の窓から見える景色がいつもと違うことに気が付いたのは、数分おきに通るはずの電車が何分経っても一向に見えなかったからだ。 遠い景色の中に見えていたはずの高架線が無い、と気が付いたところで、この階に一室だけあった個室のICUが、いつもの四人部屋と廊下を挟んで反対側であることを思い出した。 窓の外に送っていた視線を室内に戻せば、オレを無理矢理ここに連れてきたはずの火神大我がベッドの脇に跪いて、「なんでだよ!!」とか「タツヤ!!」とか、どこか悲痛な叫びを上げている。ベッドの上のその人の顔はどう見ても寝ているようにしか見えなくて、ただ、ひどく真っ白だった。あの北国の高校に通っていた頃にも寒さのあまりこんな顔色をしていることがあって、でもそれは暖かい寮に帰れば次第に解消されて、凍りみたいに冷たかったほっぺたも赤くなって、やがてはぽっぽと熱を帯びていった。だけど今はもう、どんなにこの部屋を暖めたところで、この人の顔に赤みが差すことはない。
室ちんが、死んだ―――。
その事実はオレにとってまるで現実的ではなくて、だからこうして人の動向を客観的に眺めているのだけれど。
「アツシくん」
と、美人なおばさんがオレのことをそう呼ぶのはきっと、室ちんがオレのことを『アツシ』と呼んでいたからだ。言葉を交わしたことはほとんどなかったけれど、幾度となく顔を合わせたことのある室ちんのお母さんが傍にやってきて、オレの背中を押すように、手のひらで触れてきた。
「何か……言ってあげて?」
おばさんは涙を流していたけれど、オレの顔を見上げるとやさしく笑った。その微笑みはどこか室ちんに似ていて、イヤだなんて言えるわけがなくて、「はい」と答えてゆっくりと室ちんの枕元まで行けば、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をした火神が悔しげな眼差しでじっとオレを見上げてくる。視線から逃れるように、オレは火神を無視して室ちんの顔をそっと見下ろした。もちろん室ちんはオレに気付かない。気付くわけがない。決して答えの返ってこないこの人に、一体どんな声をかけろというのだろう。 ―――そう、思っていたのだけれど。
「室ちん……」
とても息が無いだなんて思えない穏やかそうな顔を見たら、不思議なくらいにするりと言葉が湧いて出た。
「また、バスケしようね」
当たり前のように言ったはずのオレの言葉に、室ちんのお母さんと火神はさらに涙を流した。背中を向けてしまった室ちんのお父さんの口からは、小さな嗚咽が洩れている。
それでもオレは、泣くことができなかった。 |