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黒の礼服は、大学の入学式用のスーツをオーダーした時に、「敦のサイズは急には用意できないから」と言って、親が一緒に作ってくれたものだ。まさかそれを最初に着るのが彼のためだなんて、思いもしなかった。 空はどんよりと曇っている。 十月にしてはひどく冷たい風が吹くその日は、氷室の二十歳の誕生日の数日前だった。
電車を降り、駅から外に出たところで見知った顔と出くわして、紫原は思いきり顔を顰めた。目が合うと、向こうもニコリともせずに、けれど当たり前のように、こちらへと近付いてきた。
「なんでそんな嫌な顔するアルか」 「一緒にいたら余計に目立っちゃうじゃん」
二メートルを超える身長はただでさえ人目を引くのに、それが二人並んでいれば、好奇の目に晒されてもおかしくはない。
「別々に目立つより一緒の方がめんどくさくねーアル」 「まぁね〜……」
陽泉高校で一学年先輩であった劉と再会したのは、彼が氷室と共に高校を卒業して以来初めてだった。二人の足は自然とタクシー乗り場へと向かい、結局は一台のタクシーに相乗りをした。行先の斎場を告げると運転手は「はい」と答えて車を発進させたが、バックミラー越しに、ちらちらと視線を感じる。規格外な巨体の二人に何か言いたいのかもしれないが、行き先が行き先なだけに運転手からの言葉はなく、紫原も劉も当然のようにその視線は無視をした。
「劉ちん、どっか東北の大学じゃなかったっけ。わざわざ来たの?」 「さすがに来るダロ……氷室だし」 「仲良かったもんね」 「高校卒業してから一度も会ってねーケドな」 「ふぅん、そうなんだ」
何となく、オレは見舞いに行ってたよとは言い辛くなって、紫原は口を噤んだ。 目的地に辿り着き、奥に乗っていた劉がタクシー料金を支払って、二人は車から降りた。割り勘で払おうとしたが、劉はいらねーヨと言ってそれを受け取らなかった。 告別式にはまだ時間があったが斎場にはすでに多くの人がいて、当たり前なのかもしれないが、若者の姿が多く見受けられる。斎場正面の開いた扉から先に中に入った劉が突然立ち止まり、紫原は、つんのめる様にして足を止めた。
「な、なに?」 「勘弁してくれ……」
立ち止まったまま、劉は前を見据えている。その視線の先を見やると、懐かしい薄紫色のストライプのユニフォームが、目に飛び込んできた。ロビーの奥の式場入口扉の横に、大学バスケ部のユニフォームと、陽泉高校の『4』番のユニフォームが飾られている。設置された長机にはいくつかの写真立てが置かれていて、友人・知人たちがそれらを眺めながら言葉を交わしていた。どれもがバスケ関連の写真のようで、恐らくは劉と紫原も写っている集合写真があると思われたが、二人はそれを見に行こうとはしなかった。
「受付、あっちアル」 「うん」
同じユニフォームを着て全国大会の舞台を駆け抜けた思い出が、瞼の裏に去来する。共に過ごした思い出が多いほど、振り返るのが辛いのだと知った。
予定の時間通りに始まった告別の儀は粛々と進み、幼い頃に親と一緒にした記憶のある焼香も見よう見まねで何とか済ませた。 もうずっと、周囲のあちこちから啜り泣きの声が聞こえている。それでも紫原と劉が泣くことはなかったのだが、不意に後ろから肩を叩き、横を通り過ぎて焼香台に向かったのが、かつて氷室を含めた五人でウインターカップを戦ったバスケ部先輩の岡村と福井である事を知った途端、劉は手で口元を押さえて、大きく肩を震わせ始めた。必死で口を押さえてもかえって嗚咽が洩れてしまい、それでも何とか堪えようと、劉は深く下を向く。溢れ出る涙が指先を濡らすその様を、紫原はそっと横目で見つめた。 告別の儀が終わると、氷室の父親が参列者への挨拶を述べた。友人・知人の数は多いが親戚は少ないのか、挨拶の際に立ち上がった遺族の中には、火神の姿があった。きっとこれまでも紫原の知らないところで、兄弟のいない氷室の弟分として、家族同様の存在であったのだろう。 やがて、氷室の眠る棺が式場の真中へと運ばれた。祭壇の花が配られて、遺族、親族、会葬者すべてが、棺に眠る氷室へと花々を献じる。紫原と劉も花を渡されたので、棺の傍まで近付いて、隅の方にそっとそれを手向けた。まるで眠っているようなその顔は、紫原が病院で最後に見た時と変わっていない。横たわる氷室の体の上には、陽泉高校バスケ部の『12』番のユニフォームが掛けられていた。
「燃やすくらいなら、欲しいアル」
ようやく落ち着いた様子の劉が、ぽつりと呟いた。
「何を?」 「12のユニフォーム。どうせ氷室と一緒に焼いちまうんダロ?」 「あー……」
燃やすとか焼くとか言われても実感が湧かない。氷室の体は、果たしてどこへ行ってしまうのだろうか。
「でもさぁ」 「ン?」 「そうしないと室ちん、オレたちのこと忘れちゃうかもしれないじゃん?」 「……ああ」
劉は納得した風に頷いて、ほんの少し口の端を上げて笑ったが、「そうだな」と答えると、また、涙を流した。
美しく微笑む氷室の遺影を持つ彼の父親が、車に乗り込む。 紫原は、棺を乗せた車が走り出す様を感情もなく見つめた。
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