1 起き抜けの哲学者





バタン!と部屋のドアを勢いよく開けて、劉は氷室の部屋へと侵入した。

「氷室!」

大声で名を呼び、つかつかとベッドへと向かい、明らかに熟睡しているその顔を確認すると同時に氷室の掛け布団を一気に剥いだ劉が目にしたものは、パンツ1枚姿で横たわる氷室の姿だった。布団を剥されて寒いのか、氷室はぶるっと体を震わせて、ベッドの上で縮こまる。

男同士というのに何故だかその寝姿を直視する事を躊躇った劉は、どうしようかと暫し掛け布団を持ち上げたままでいたが、やがてそれを叩き付けるようにして元に戻した。

「氷室!」

もう一度名を呼んで、今度は掛け布団の上から肩のあたりを大きく揺さぶってみる。

「ん・・」と小さな声で、ようやく氷室が反応を示した。

「氷室オマエ、2年に起こしに越させたアルか?」

「・・ん?」

「ん?じゃないアル。春はうららだから朝起きれないとかわけわかんねーこと言って起こして欲しいって頼んだんだろ?」

季節は春。日本の一般的な高校は、現在春休み真っ只中だ。劉と氷室の通う陽泉高校も春休み中ではあったが、ここ秋田では桜のつぼみも一向に開く気配はなく、未だ寒い日が続いている。氷室言うところの”春はうらら”な季節はまだもう少し先の話であろう。

「・・頼んだ?・・オレが?」

「自分で言っといて覚えてないアルか」

「そう・・だっけ?・・ああ、でもまだ・・来てないよ?」

「なにを・・・言ってるアル!!」

苛立ちを募らせて、劉は氷室の頭の下から枕を引き抜いた。ストン、と氷室の頭は敷布団へと落とされたが、氷室からの反応は特にない。まだ、頭も体も眠っているようだ。

「オマエを起こしに来たら何も返事がなくて、ちょっと肩を揺すったら布団の中から物凄い怖い目で睨まれた、ってワタシに泣きついてきたアル」

「えぇぇ・・?知らないよ・・そんなの・・」

氷室はここでやっと目を開けて、布団の隙間から劉を見上げた。その瞳は怖い目なわけでも睨んでいるわけでもなく、少しボーっとした寝起きの表情でしかない。

「無意識か・・最っ悪アル」

「んー、何だよ・・何の話?っていうか、今・・何時?」

「7時55分!氷室が起きようと思っていた時間から55分後アルよ!」

「え、ウソ・・ヤバいなぁ・・」

「わかってるならさっさと起きるアル」

「うん・・じゃあ8時までには起き―――」

言いかけた瞬間、ガバっと掛け布団は再び剥された。続いて、縮めようとした体が突如ふわりと宙に浮く。浮いたかと思うと横になっていた体が縦になり、今度は宙からいきなり降下した。

「うわ・・っ」

パンツ1枚姿で劉にお姫様抱っこをされた氷室は、劉の両腕で抱え上げられた後、体を縦にしてベッドへと座らされた。突然の浮遊感からの急降下は、些か寝起きの心臓に悪い。氷室が左の胸のあたりに手を当てて急速に速まった自分の脈を確かめていると、不意に、目の前に大きな影が下りてきた。

「…mornin'

体を屈めた劉が、氷室の耳元で朝の挨拶を囁く。

とほとんど同時に、ちゅ、っという音を立てて、頬にやわらかなものが触れた。

「え・・?」

氷室はゆっくりと劉を見上げた。

「目ぇ覚めたアルか?」

呆けた表情の氷室に向けて、劉がにやりと笑う。

「あ、うん・・すごい目覚ましだ・・」

「じゃあ毎朝こうやって起こすアルか」

劉はさらにニヤニヤと笑いながら氷室に尋ねたのだが、

「それ、いいかもな・・」

氷室は至極真面目な顔つきで劉を見上げ、答えを返した。
寝起きで本気と冗談の区別がつかなかったのかもしれない。
いや、少なくとも氷室は、本当にそうだったらいいのに、とぼんやりとした頭の中で確かにそう思ったのだ。

けれど。

「はっ・・」

と、劉は失笑を洩らした。

「甘えるな」

冗談を言っていた笑い顔は消え、少し不機嫌そうに眉根を寄せて。

劉は氷室の頭の天辺を拳で小突き、その表情を隠すように、くるりと背を向けた。

「さっさと服を着ろ。で、朝メシ食いに行くアルよ」

背を向けたままそういい残し、劉は部屋を出て行ってしまった。

服を着ろと言われ、あらためて自分がパンツ1枚姿であることを自覚すると、空気の冷たさに気付いた。氷室はとりあえず掛け布団を引っ張って、その身に羽織る。

「だったら甘えたくなるようなことするなよ・・」

頬に残るのは、劉の唇のやわらかな感触。

そっと手で触れて、氷室は小さな声で呟いた。







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* 劉も実は裸の氷室に触れちゃって、内心ドッキドキなのです。笑

 

 

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