2 朝食はきみのとなりで





朝8時を過ぎた食堂は、すでに人も疎らであった。

「まったく、春休み中じゃなかったら朝メシ抜きだったアル」

「ゴメンてば・・」

平常、平日の朝食は7時〜8時で終了だが、春休み中ということで、30分延長されている。現在の時刻は8時10分。延長されているにも拘わらずかなりギリギリの時間になってしまった。

「5分・・いや、3分で食うアルよ」

トレイに皿を乗せながら、劉が氷室を急かす。

「っていうかさ、先に食べててくれてよかったのに」

具入り卵焼きの他に、焼き鮭を食べる時間はあるだろうか。鮭の皿を前に少し悩みながら氷室が言うと、劉のキツイ視線が下りてきた。

「飯食いに行こう思ったら、後輩に泣き付かれて大変だったアル。そもそもワタシが起こさなかったらどうなってたか?キャプテンが寝坊で遅刻はシャレにならないダロ」

「・・・はい、オレが悪かったです」

一応神妙な声でそう返したが、どこまで本気でそう思っているのか。氷室の考えそうなことならすぐにわかる。おそらく本当に言いたいのは「プロセスはどうあれ結果的に間に合えばOKじゃないか」といったところなのだろうが、これ以上お小言をもらうのが面倒なのだ。

「もう後輩には頼むな」

「・・え?」

「明日からワタシが起こしてやる」

「あ・・うん・・」

毎朝こうやって起こすか?という劉の言葉を思い出し、氷室はそっと劉を見上げた。視線に気付いた劉と一瞬目が合ったが、劉はそれをすぐに逸らし、「起こしに行って睨まれたんじゃ後輩が可哀想だからな」と言って、トレイを手にテーブルへと移動してしまった。
頬に触れた劉の唇の感触が甦る。氷室は顔が熱くなるのを感じながら、劉の後を追った。

食堂のテーブルは、基本的に8人掛けになっている。劉が向かったテーブルでは3人の寮生が食事をしていた。劉は彼らと反対側の端の席に着き、氷室もその向かいにトレイを置いて、席に着く。

氷室は食べるのがあまり早い方ではない。本人なりに悪いと思っているのかご飯の量も品数も控えめにしてあったが、さすがに3分というのは無茶を言ったと自分でも思う。5〜6分かかったとして大体8時15分。部活開始が9時で、寮から学校の体育館までは普通に歩いて15分だから・・と考えを巡らせながら無言で食べていると、ガシャン、という音を立てて劉の隣りにトレイが置かれ、ガタン、という音とともに、隣りの椅子が引かれた。
顔を見なくとも、丼にバカみたいに山盛りになった白米を見れば誰が来たのかは容易にわかる。

「おはよ〜。あれ?二人とも今日は遅いね」

自分の事は棚に上げ、のんびりとした声で、1つ年下の後輩・紫原敦は劉を見下ろしながら席に着いた。

「お寝坊さんに関わったらこうなったアル。・・ってかアツシ、なんでこっち座るアルか?」

紫原の身長は2メートル8センチ。劉よりもさらに5センチ大きい上に、劉より横幅もある。そんな二人が隣り合わせに座ったら、肘どころか肩までぶつかってしまう。

「だってもうこっち側来ちゃったもん」

「狭いダロ!だったら席1コ空けて座るアル」

「え〜、ヤだよ。それじゃオレがハブられてるみたいじゃん。狭いなら劉ちんが向こう側行ってよ」

「オマエ、先輩を動かす気か・・って、くっさ!おぇ・・っくっさ!!しかも納豆とか、最悪アル!」

「納豆がキライとか、ニッポンの心がまだまだ分かってないよ劉ちん」

「日本人にだって納豆嫌いはいるアル!!」

埒が明かない言い合いをしていると、「劉」と呼ぶ氷室の声がした。前を向けば、氷室がニッコリと微笑んでいる。二人の言い合いに目もくれず、3分を目標に黙々と食べているのかと思っていたが、こちらに向けておいでおいでをする様に手招きをしてから、人差し指で自分の隣りの席をツンツンと指差した。
後輩に屈するという不満は残ったが、氷室の微笑みに免じて劉は仕方なく席を立ち、トレイを持ってテーブルの向こう側、氷室の隣りの席へと移動した。

「ほら〜、こっちの方が食べやすいじゃん?」

「オマエが言うな」

広くなった席を使って、紫原は悠々と朝食を食べ始めている。大体その山盛り飯のどこに納豆をかけるんだ・・と思っていると、紫原はまず、丼に山盛りの白米を納豆以外のおかずで普通盛りくらいまであっという間に平らげた。それから納豆をねちょねちょと混ぜ合わせ、そこに卵としょうゆを入れてさらによく混ぜ、それを残ったご飯にかけた。劉も食べるのは早い方だが、紫原はその比ではない。さらに混ぜられた卵納豆ご飯は、瞬く間に紫原の腹へと納まっていく。

時折り糸を引く納豆を怪訝そうに見ながら劉が残りのご飯を掻き込んでいると、氷室が少し伸びをして、顔を近付けてきた。自分の口元に手を翳し、「オレも納豆苦手なんだ」と、劉の耳元でそっと囁く。囁いた氷室の吐息が耳の下あたりに微かに触れて、劉の体はゾクリと震えた。悪寒ではないことは確かだが、だったら何だと言うのだろう。劉が氷室を見下ろすと、氷室は劉の心の内を知ってか知らずか、やっぱりニッコリと微笑んだ。

「え〜なになに?内緒話とかうぜーんだけど」

「お菓子が正義なら納豆は悪、言ったアル」

「・・それ、劉ちんが今考えたでしょ」

「お、そろそろタイムアップアルよ氷室」

「ん・・食べ終わった」

劉と氷室は食べ終えた茶碗や皿を重ね始めた。

「え〜、行っちゃうの〜?」

「30分には出るアルよ」

「了解〜」

劉と氷室は紫原を置いて席を立ち、返却口に食器を返してから、食堂のおばさんから弁当を受け取った。昼食を挟んで部活動がある日は、前日までに予約すれば、食堂の昼食の代わりに弁当が作ってもらえるのだ。

「二人とも通しの部活にしてはゆっくりじゃない?」

「オレが・・ちょっと寝坊しちゃって」

「あらあら、氷室くんみたいなしっかりさんでも寝坊なんてするのねぇ」

「ええ、まぁ・・」

外面がいいというのは恐ろしいな、と、劉はちらりと氷室を見た。氷室は少しバツの悪そうな顔をしながらも、おばさんに向けて愛想笑いをしている。

「おばさんが起こしに行ってあげたいくらいだわ〜」

「あはは、ありがとうございます。でも、劉が起こしに来てくれるから大丈夫なんです」

「え、そうなの?ホントに仲いいのねぇ。じゃ、部活頑張ってね」

氷室はもう一度ありがとうございますと答え、劉は軽く会釈をして、二人は食堂を後にした。

「わざわざワタシの名前出す必要ないアル」

「うん、でも・・何となく言いたくなったんだ」

「・・そうか・・・」

「・・・うん」

お互いの顔を見ることもなく、二人は部活の支度をするために部屋へと急いだ。






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※ 食堂のおばちゃんの言葉は心の目で秋田弁に変換してください…。


 

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