8 気がつけば流星群





今宵の月が満月か否かという話の後は、今日の部活の指導方法はあれで良かったのかとか、明日の部活の1日の目標は何にしようかとか、バスケ部の主将と副主将である二人はまるで当たり前のようにバスケの話をしながら歩いた。

身長203センチと183センチの歩幅は非常に大きく、目的のドラッグストアまでの3kmという距離は割とあっという間で、二人は黄色い看板を潜り、煌々と電気の点いた店内へと入った。

「そういえば劉は何を買いに来たんだい?」

「・・・麦茶」

「え!?麦茶のためここまで?」

「それだけじゃないケド、50+2袋で158円はタイヘンお買い得アル」

「主婦・・・みたいだな」

「うるせーアル。故郷からの仕送り、無駄遣いできないダロ」

「そりゃまぁ、そうだけどさ」

そういう割に、劉は氷室がまだ持っていないパソコンを以前から持っていたし、携帯電話も少し前にスマートフォンに替えていた。だからきっと劉の家は、母国の中国で富裕層と言われる家庭なのだろうと氷室は思っていた。

「洗顔あっちアルよ」

目的の麦茶をカゴに入れた劉が、次の売り場に向かって歩き出す。氷室は後ろを歩きながら、目に付く欲しい物を劉が持つカゴの中に3つ4つと放った。だったら自分でカゴを持って来い、と言いたいところだがこれはいつものことで、そしてなぜだか劉は、この雰囲気が嫌いではなかった。

「洗顔替えようかな・・」

常用している洗顔料を手に取って眺めながら、氷室が呟いた。

「どうした?」

「ん?・・うん、ニキビがさ、出来たんだ」

「どこに」

「ここ・・」

言いながら氷室は顔を上に向けた。ここ、と指差したのはちょうど前髪の分け目あたりだった。氷室よりも20センチ背の高い劉は少し背を丸めて覗き込んだが、前髪が邪魔でよくわからない。大きく長い指先で氷室の前髪を掻き上げてさらに覗き込むと、確かにそこには赤く膨らんだ皮膚の上にさらに白い出来物があった。

「うわぁ・・」

デカいのが出来たな・・と劉が言いかけたとき、売り場の影から、潜めてはいるが「きゃぁ」という、昼間手洗い場で向けられたのと同じような甲高い声が聞こえた。
劉がちらりと横目で見ると、それは全く知らない他校の女子高生たちだった。劉は氷室の前髪からスッと手を離し、何事もなかったかのように売り場を眺める。氷室も事の次第を察知して、彼女たちを振り返ることなく洗顔料を選び始めた。
自分たち二人が歩けば人目を引くことは理解はしているが、常に気を張っていられるわけがない。劉は小さなため息を吐いた。

「氷室の顔面偏差値の高さは目立ち過ぎてときどき迷惑アル」

「え?劉だって十分目立ってるだろう」

「ワタシの場合、身長がな」

「それだけじゃないよ、劉は結構ハンサムだと思うけどな」

「・・・イケメンに言われるといっそ腹立たしいアルな」

「じゃあ何て言えばいいんだよ」

ただの戯言だったのに、なぜこんな会話になるのか。劉が無言で氷室を見下ろすと、氷室は納得いかないという顔をして、口を尖らせて劉を見上げてきた。ネットでよく見かける”バカワイイ”というのはきっとこういうのの事を言うのだろうな、などと思ったら、同い年のはずの氷室が何だか可愛く思えた。
劉は、ふ、と笑い、見上げる氷室に手を伸ばす。

「さっさと買って帰るアル」

伸ばした手の指先が氷室の鼻をギュッとつまむと、再び女子高生たちから悲鳴が上がった。





袋の中身は、麦茶と、洗顔料と、ニキビの薬と、ハンドクリームと、お菓子と、お菓子と、新発売のお菓子と、ヘンな色の炭酸飲料と、3個パックのプリンとゼリーとヨーグルトと、アミノバ●タルと、漢方の入った風邪薬だ。それぞれ欲しい物を買ったが、アミ●バイタルだけは高いので、二人で買って分けることにした。
ひとつずつ袋を提げ、来る時よりもぐっと気温の下がった夜道を二人、歩く。
ドラッグストアの周りはわりと栄えていて明るかったが、100メートルも離れると店も全く無くなり、明かりも途絶えた。片側1車線の決して狭くはない道路の端を歩いているが、車の通りはほとんどなく、周囲には田んぼと畑が広がっている。数十メートルに一本の外灯の明かりは拙く、けれど今夜は、月の光と眩いばかりの無数の星が、それを補っていた。

「流星群って見たことあるかい?」

行きに月を見上げたのと同様に、氷室はまた、夜空を見上げながら言った。

「流星群?」

あまりにも唐突な問いに、劉は思わず聞き返す。

「そう、しし座流星群とか何とか座流星群とか?」

「いや、ナイ・・」

秋田の夜空の星は、本当にスゴイと思う。地球から見える星がこんなにたくさんあるのだという事を、劉は日本に留学して初めて知った。

「氷室は?あるのか?」

「それがさ・・」

氷室は見上げていた顔を元に戻し、それから首を傾げるようにして劉を見上げた。

「見たことあるのかどうか、わからないんだ」

「は?」

「10歳くらいのときかな・・」

「LAの頃?」

「うん、その日は流星群が見られるって言ってた日だと思うんだけど、まだ小さかったから寝ちゃってさ。でも、なぜだか夜中に目が覚めたんだ」

「・・ほぅ」

「で、そういえば〜と思って窓を開けたら、星が何個も何個もずーっとヒュンヒュン、ってさ・・オレもうビックリして、ずーっと空見てた」

「へぇ・・すごい体験アルな」

「でも、わからないんだ・・朝起きて親にそれを言った記憶がないし、今ニュースとかで流星群の映像見てもオレが見たのの方が全然スゴイし、もしかしたら夢だったのかな?って」

「・・・・・・」

何と答えるのがベストだろうか。劉が次の言葉を探していると、逆に「劉は?」と尋ねる氷室の声がした。

「何かそんな思い出ある?」

「ワタシは・・」

劉もふと空を見上げた。

「流星群どころか、星もあまり見たことなかったアル」

「晴れないところに住んでたのかい?」

「や、そうじゃないケド・・ワタシの故郷、北京や上海みたいに都会じゃないケド、テレビでよく見る道も舗装されてないようなド田舎じゃなかったアル」

「そうなんだ」

「工場がいっぱいあって、人もいっぱい住んでて、でもしょっちゅうスモッグがかかってて、星も少ししか見えなかった・・・」

見える星の数が少ないってこと?と氷室が尋ねると、そういうことなんだろうな、と劉はもう一度空を見上げた。

「ワタシ、ずっと背が高かった。だからバスケ始めた。そしたらスコシ、才能あった」

少しじゃないよ、と挟んだ氷室の言葉に、劉はただ苦笑して、話を続ける。

「ずっと英語と、12の頃からは日本語も勉強したアル。どっちに留学してもイイように」

「で、日本にしたんだ?」

「陽泉高校が来て欲しい言った。??(お父さん)も??(お母さん)もスゴク喜んだ。だからワタシ、日本来た。ケド、??も、??も、ワタシのため今も故郷でガンバッテ働いてる」

劉が照れながら話すとき、無意識にカタコトになることを氷室は知っている。氷室相手に初めて話す生い立ちに、少なからずとも照れがあるのだろう。氷室はそんな劉が、愛おしくてたまらなくなった。

「エライな、劉は」

氷室は20センチも背の高い劉に手を伸ばして、肩を組む。

「知ってるかい、劉」

「ナニ?」

「劉偉の偉っていう字は、エライって字なんだよ?」

「・・・・・・」

そんなことは日本に来る前にとっくに知ってはいたが、あえて答えずに、小さく笑う。
何よりも、漢字が不得意な氷室がその意味を理解しているという事が、劉は嬉しかった。

「その体勢は辛いアル」

いつもの口調に戻った劉が、肩に伸ばされた氷室の手を掴む。
その手はギュッと握られて、劉のコートのポケットに仕舞われた。

「うわ、あったかい・・」

「ダロ?」


人も車も通らない田舎道。

二人は、手を握りながら歩いた。






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